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【贅沢は敵か】 松林

2014年09月23日 | きみさんち

スーパーなんかで買い物をする時、一円でも安く買いたいと思っている次第。
だもんだから、目的の物を買う時は、他のスーパーにも足を延ばして、値段のチェックをしてみたりする次第。
結果、安い方のスーパーで購入して、得した気分になる次第。

その逆がたまにあったりもする。

絶対このスーパーが安いと思っていて、購入し、他の物を買いに他のスーパーに行った際、さっきのスーパーで購入したものをついでに見てみると、こっちのスーパーの方が幾円か安かったりして。
結果、物凄く損をした気分になったりする次第。

なんて事を、常日頃考えている次第の私は、“贅沢”を敵だと思っている次第である。

さて、“贅沢”とはどういう事だろう。
辞書には、『必要な程度を超えて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。また、そのさま。(コトバンクより)』とある。

正に、敵なんである。

“必要な程度を超える”とは?意味が分からない。
お腹が空いて、それが満たされれば、必要が満足される事になるんじゃないのだろうか。
その必要を超えるって、満腹でも食べるって事なのだろうか?

“金銭や物などを惜しまないこと”とは?一円でも安く物を買おうと思っている私には、全く伝わって来ない。

また、『限度や、ふさわしい程度を超えること。また、そのさま。』ともある。

限度を超えたら、翌月、生きて行けないのは目に見えているし、そう考える時点で、そのさまが似合わないのが分かっているんである。

そう、贅沢は敵だと、程度や限度を超えない様に、ここまで生きて来た。
生きて来たのだが。。。

先日、物凄く美味しい食パンを食べてしまったのである。

入居者さんが食べたいと言うので、軽くトーストにして出したところ、「美味しいからあなたも食べてみなさい」と、耳の部分をちぎってくれたのである。

あははは、耳の部分かよ。何て苦笑いしながら頂いた所、食パンの耳とは思えぬほどの柔らかさと、口の中に広がる甘い香りが、私の心に花を咲かせてしまったのである。

「こんなに美味しい食パンがあったのか!」
「今まで食べていた6つ切り78円の食パンは食パンだったのだろうか!」

もう既に、人生の折り返しを迎えた私は、これまで、自分の程度や限度を知り、それを超えない様に慎ましく、一生懸命に生きて来たと思う。

だから、これからの人生は、少しくらいの“贅沢”をしても、罰は当たらないんじゃないかなと、強く思う。

だから、これからの朝食は、ヤマザキのダブルソフトにしようと、更に強く思う次第である。

でも、それを一番安く買えるスーパー巡りは、止めないんだろうな。

15:13 | Posted by admin