きみさんちでは10月27日、28日と千葉県のマザー牧場とその近くのオークラアカデミアパークホテルに一泊旅行に行ってきました。
雨こそ無かったものの、残念ながら27 日にマザー牧場に到着したころは、寒冷前線の通過と、南よりの風に運ばれた雲で日が差さず、やや肌寒く薄暗い日よりとなってしまいました。とはいっても、牧場では子豚のレースに笑顔が弾け、ホテルでは練馬よりずっと赤みの濃い紅葉の景色を楽しまれておられました。
幸い、翌日28 日は快晴となり、予定変更をして帰り道で海ほたるに停車し、青々とした海と空を堪能することができ、とても良い笑顔を見ることが出来ました。
さて、私がきみさんちに来て、良かったなと感じることは沢山ありますが、そのひとつに季節感をとても大切できるということがあります。日々の外出の暑さ寒さ、芽吹きや季節の花々、買い物で手
にとる旬の食材。日常の中でご入居者さんと一緒に、そんな季節の移り変わりをじっくりと楽しむ事が出来ます。
「あー!寒い寒い!」「あれぇ、梅の花が咲いてるよ」「暑くてやりきれないから、アイス食べましょお」「さつま芋がこんな安くなるってのは、もう、そんな季節かねぇ」
もし、空調が完璧に効いた屋内で、外出もせず、店先で値札を見つめることもない、そんな生活だったら、ここまで季節を感じ取ることができるでしょうか。
認知症の症状のひとつに、いま、いつ、どこで、どのような状態にあるのかを認識することが難しくなる、見当識障害というものがあります。
例えば、昼夜の区別を見失って夜中におはようと起きてこられたり、季節外れの服装をしておられたり、自分はいくつなのか分からなくなったりすることが時間の見当識障害の表れだったりします。
きみさんちでは、どんな季節でも、折に触れ、やたらと「梅雨の走り」と仰る方がいます。その人がそう仰るときはややうす曇りで雨の匂いがしたり、押入れが湿ってしまって何とかしなきゃと思っているときだったり、血圧の関係でボーっとするときだったりします。もちろん、客観的に見ると、時間の見当識障害であることは間違い無いのですが、もしかして、時間の見当識障害があるがゆえに、季節感のアンテナがむしろ敏感なのかもしれません。
心理学の用語にクロノスとカイロスという言葉があります。
両方ともギリシャ神話の時間の神を由来としているのですが、クロノスは量的な物理的時間、カイロスは質的な心理的時間の事を指します。同じ10 分でも楽しいときはあっという間で、ストレスがあるときは長く感じるように、クロノスとカイロスは決してイコールではなく、心の世界にとってはカイロスの方が重要だといいます。
おそらく時間の見当識を失ったとき、コチコチと無機質な音を立てる時計が刻むクロノスは、さほど意味を持たなくなってしまうのかもしれません。
さて、変幻自在のカイロスに生きるその利用者さん。柿がとっても大好きで、ご入居当初、買い物への意欲を引き出すために「柿は美味しいよね!」「季節もんだから一ヶ月もお店にないよね!」「いまがチャンスだよね!」と声をかけ続けていました。
そして今は柿の季節です。
このところ、毎日毎日、“私”が柿を食べ続けています。どうも柿を美味い美味いと言い続けている内に、自己暗示にでもかかったのか、私のほうが柿が大好きになってしまいました。・・・いや、本当に柿が大好きだったのは、私だったのか、その入居者さんだったのか・・・どうやら私も心が変幻自在になってきたようです。
認知症への理解を促進する活動に認知症サポーター養成講座というものがあります。その講座を受け認知症サポーターとなった人はその証として、オレンジリングを手渡されます。実はこのリング、オレンジとは言っていますが、本当は柿色なんです。江戸時代、酒井田柿右衛門という陶芸家が柿の色をヒントに赤い陶器を作ったところ、世界中で認められる名品となり全世界に広がっていった事にあやかり、柿色としたそうです。
柿と心。変幻自在にどんどん広がっていく、不思議な魅力があるようですね。