きみさんちの塀越しに青紫にかがやくアジサイが顔を覗かせています。梅雨の重い空気がその花の周りだけ、透明感を増しているように感じます。
こちらのアジサイ、この居室に住まわれていたOさんが植えたものです。最初は小さな鉢植えのアジサイでした。花期が終わりいたんできたものを「かわいそうだから」とOさんが自室の窓の下に植えました。最初は20センチ程度の小さなアジサイ。Oさんの愛情が伝わったのか、それともきみさんちの土が良かったのか、瞬く間に大きくなり、毎年、花を咲かせています。
特に何も世話をしている様子はなく、虫食いも目立っていたので、Oさんに殺虫剤をかけるか相談すると、「どうってこたない、ちゃんとアジサイも大きくなってる。それなのに虫を殺すのはかわいそうだぁ」と断固拒否されました。そのOさんはこの居室で旅立たれました。今はその居室には別の入居者がお住まいになっていますが、その遺志を継ぐかのように、いっそうアジサイはより大きく美しくなって咲いています。
さて、そのアジサイ、あまりに立派ですので、いくつか切花にして、居間や入居者さんの居室に飾ってあります。お体の事情で外出が不自由なYさんの居室にも、ひときわ大ぶりのものを飾りました。生前のOさんはこのYさんのことを何度もほめていました。「きれいだね~」「100歳!?そんな歳に見えないねぇ~」「長生きしてるんだね~、たいしたもんだ」と、しばしば涙を浮かべながら、しきりに話しかけておられました。そのOさんの愛情は、いま、アジサイとなって、Yさんの生活を彩っています。
これはアジサイに限ったことではないのでしょう。きみさんちを旅立たれた皆さんが遺した、笑顔の写真や手芸作品や手作りの家具など、たくさんの品々。そして、この建物に息づいている山下きみさんの思い。それらに見守られながら、私たちは生活を続けている。そのことに改めて驚きと感謝を感じます。
アジサイの花言葉は「浮気」「移り気」だと思っていました。Oさんのアジサイが気になって改
めて調べてみると、「辛抱強い愛情」「家族団らん」という花言葉もあるようです。まさしく、辛抱強く家族や周囲の人々を愛し続けた、Oさんにふさわしい言葉だと思います。
少し葉っぱに虫食いのあるアジサイ、今年もきれいですよ、Oさん。