介護福祉士の筆記試験を受けて、今日で丁度一月が経った。
当日、解答速報と照らし合わせてみると、、、82/120点。
危なげで、そして、恥じるべく点数である。
結果合格し、現在、3月3日の実技試験を待つばかり。
受験の日、印象に残った事を記そうと思う。
兎に角、受験者の数が多かった。
辺鄙な北の駅に朝早くから溢れていた。
商店街の道幅を占拠して、通りを渡った歩道を陣取って、デモ隊の如く進む人の群れ。
すれ違う地元民も迷惑そう。
試験会場は、中学と高校が入っている大きな学校。
校門から受験番号ごとに、中学校舎や高校校舎等に分かれて行く。
自分の会場になったのは講堂。
体育館ほどの広さがあり、天井も高い。
幾つもストーブが燃えているけれど、ちょっとも暖かさを感じない、講堂。
カイロを腰と足に装着してきたが、意味を成さない、恐るべし講堂。
そんな受験会場に腹が立ったが、今日は受験者に腹が立った事を。
禁止されている項目が幾つかあったが、悉く破られていたのはどういうことだろう。
携帯電話の持ち込み、喫煙所以外での喫煙、昼食等で出たゴミを会場付近に捨てない、など。
皆、何の資格を目指してここに来ているんだろうと、怒りよりも呆れてしまう程である。
介護が出来れば他は関係ない?
福祉ってどういう事なの?
ルールやモラルって言葉を聞いた事がある?
こんな人たちが「介護福祉士」という資格を取得するかと思うと、「介護福祉士」という名称独占資格が物凄く薄っぺらいものになってしまいそう。
そんな資格であるなら欲しいとは思わない。
何の為の資格なのか?
資格は何の為に取得するのか?
介護者のスキルアップのためだけではないだろう事を忘れていないだろうか。
初めは誰もが、利用者さんと接した時に、「この人をもっと理解するためには」とか思って勉強を始めたと思う。
人間なんて、欲の塊だから、もっと知りたいと思うのは仕方が無い。
だけど、プロがもっと突き詰めようと思うのならば、どんな場面でも常に考えていないといけない事がある筈だと思う。
受験に落ちても気持ちは福祉のプロでありたい。
あ~あ、頭の悪い奴に限って直ぐ、「心だ」とか「気持ちが」とか、言うよね。