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【Yさんとの想い出】  のんびり家2F 飛鳥井

2021年08月10日 | のんびり家::のんびり家 2F

みなさん、こんにちは。のんびり家2階の飛鳥井です。
前号で石井さんもYさんについて書いていましたが、今回私もYさんについて書かせて頂きます。
2021年3月16日、のんびり家2階のYさんがご逝去されました。享年97歳でした。
2010年ののんびり家開設以来、共に時間を過ごして来たYさんがお亡くなりになりましたが、未だ実感が湧きません。そのうち、ひょっこりと現れそうな気がしてなりません。
当日、私は勤務でしたが、20時30分頃Yさんのお看取りをしました。ご家族のご意向で、「最期は自然のままに」という事で延命治療はしない方向で支援をしていました。
数日前から身体状況に変化があり、水分も殆ど摂れなくなっていました。
私たち職員に出来ることは、Yさんの体位交換をして少しでもお身体への負担を減らすこと。また、口腔ケアをすること位に限られていました。次第に呼吸が口呼吸になり、苦しそうな表情になっても、じっと見守ることしか出来ません。Yさんのお顔を見ながら、ご入居以来本当に色々なことがあったなぁと想い出していました。ご入居当時は認識力も高く、とても理路整然とされていて、理屈が通らないことにはご自身の意思を曲げない方でした。4点杖を持ちながらもご自身の足でしっかり歩かれていましたが、ここ数年は車椅子の生活になり、また食事や入浴、排泄など生活全般で介助が必要になりました。Yさんと日帰りや宿泊旅行に出掛けたことも想い出の一つです。また、担当者として誕生日企画を立ててYさんの地元(日本橋)に出掛けたことも楽しい想い出の一つです。日常生活の中でも、Yさんからは本当に沢山のことを教えて頂きました。
Yさんがお亡くなりになったことはとても残念で寂しい限りですし、ある意味家族以上に長い時間を過ごしたので、心にぽっかり穴が開いた様な気持ちですが、のんびり家でお看取りをすることが出来て良かったと思います。Yさんには、身を持って人生の幕を閉じる瞬間までのお姿を見せて頂き、「人が生きて最期を迎える」姿勢を学ばせて頂いたように思います。Yさんがお亡くなりになったことが分かった瞬間、「Yさん、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。」と思わず口に出していました。最後の数日間は相当苦しかったに違いないと想像しますが、最期はとても穏やかな表情をされていました。
本当に色々なことがありましたが、Yさんと出会うことが出来て良かったと思います。認知症という症状がなければ、出会うことはなかったかもしれないと思うと、何か不思議なご縁を感じずにはいられません。
Yさんで一番印象に残っていることは、ご主人との仲睦まじい姿です。ご主人が来訪された際には、いつもYさんのお好きなものを持参され、お部屋で仲良く召し上がっていました。生まれ変わっても、ご主人と一緒になると仰っていたYさん。今頃は、天国でご主人と再会し、仲良く過ごされていると思います。新型コロナの影響もあり、Yさんと最期のお別れをすることが出来ませんでしたが、コロナが落ち着いたら墓前に伺いたいと思います。
Yさんから学ばせて頂いたことを忘れずに、またYさんから「あなた、しっかりしなさいよ」と言われない様に、これからも支援を続けて行きたいと思います。
最後になりましたが、Yさんのご冥福を心よりお祈り致します。

08:32 | Posted by kimisanchi

【アテンション プリーズ?】  のんびり家2F 佐藤

2021年06月10日 | のんびり家::のんびり家 2F

ファイル 559-1.jpeg誰が言い始めたのか、のんびり家2階では入浴介助の時、入浴にかけて「ニューヨークへどうぞ」とお誘いする事があります。
先日、男性のKさんの入浴介助をしたときの事。Kさんは体の片側がやや不自由な為、杖を使ってゆっくりと歩く方です。その日は前日に長時間の通院があった為、少しお疲れの様子でした。
最初に声を掛けたときは「入る」と言っていたものの、なかなか腰が重い様子。今日は入らないのかなと思いながらも、咄嗟に「当機はまもなくニューヨークへ出発しますので、お急ぎ下さ~い!キャビンアテンダントは佐藤で~す」と言ってみたところ、「クックッ」と笑いながらゆっくりと腰を上げてくれました。
その後、ちょっと味をしめた私は、湯船から出た後シャワーチェアまでの数歩がなかなか重いKさんに、「まもなくニューヨークから東京へ出発しますので、こちらにお掛け下さい、お客様~!」と言ってみたり。
シャワーチェアから脱衣所に準備していた椅子までの足取りもなかなか重い時には、「羽田から文京区役所のヘリポート…文京区はありますよね、ヘリポート!ヘリポートまであと少しです!ヘリコプターです!お客様~!と言うより、機長?機長、あと少し!」と言ってみたり。
Kさんも笑いのツボにはまってしまったようで、終始ケタケタと笑いながら茶番につき合ってくれました。
ちょっとおふざけが過ぎたかな…と思いながら、入浴後脱衣所からリビングルームまでゆっくりと歩いているKさんを近くで見守っていると、椅子に腰掛けたKさんが、こちらにすっと手を差し伸べてくれました。私も手を差し出し、がっちりと握手を交わしました。
Kさんは普段からとても紳士的で女性に優しく(女性が大好き?笑)、私もKさんと冗談を交わす間柄でした。ケアする側とされる側という垣根を越えて、人と人として通じ合い、自分がいる事で入居者の皆さんの日常が少しでも彩り豊かになった時。そういう瞬間って、堪りません。
Kさん、こちらこそありがとう。私の方こそ、自分で言っておいて、お腹がよじれる程笑ってしまいました。またいつでも、ニューヨークにお連れしますからね!

17:21 | Posted by kimisanchi

【死と向きあう】  のんびり家2F 荒野

2021年04月10日 | のんびり家::のんびり家 2F

この仕事をしていく上でどうしても避けられないものがあります。それは入居者さんとのお別れです。私がのんびり家に入職して約2年半、この間に5人の方々とお別れをしました。一人目の方は、インフルエンザで入院し入院先の病院で心不全でお亡くなりになりました。二人目の方は、経管栄養での誤嚥が続き、IVH(太い血管から直接栄養点滴を行う医療行為)に切り替えた結果、のんびり家を退去され病院へと移られました。3人目の方はある朝突然、急性心不全でお亡くなりになりました。4人目の方は経口摂取が出来なくなり入院されていましたが、ご年齢的に治療が難しくのんびり家に戻られ数日後に亡くなられました。そしてこの記事を書いている数日前に5人目の方が老衰のためお亡くなりになりました。
 それぞれに理由は違いますが、いつも同じことを思います。果たして自分のケアは入居者さんにとって最善のものが出来ていただろうかと。もちろん、日々の支援は考えながら行っていますし、今こうして振り返ってみても他に何が出来たかと言われても浮かんできません。ただどうしても言われえぬ不安感や空虚感があるのです。おそらく入居者さんとの別れに対して気持ちの整理が出来ていないのだと思います。日常の多くを入居者さんと共に過ごし関係性を築いてきたので、仕事をするうえで避けられないとは分かっていてもそう簡単に割り切れるものではありません。
以前、介護関係のコラムを読んでいて「その人に対して何が出来たか」で振り返るのではなく、「何を遺してもらったのか」という捉え方をするというのを目にした覚えがあります。 なるほど、あらためてそう考えてみるとお一人お一人との思い出と共に教えてもらった事、気づかされたこと、遺されたものが浮かんできます。皆さんと過ごした日々が介護職としての今の自分の血肉となっている事を実感できます。そう思うと感謝の念がわき別れの辛さも少し和らぐような気持ちです。ただやっぱり本音はちょっと寂しいです。

17:24 | Posted by kimisanchi

【全員揃う事を願います】  のんびり家2F 池田

2021年03月30日 | のんびり家::のんびり家 2F

 3月に入り2月までの寒さが嘘のような日があり、寒い日と暑い日が混ざっているような月になりそうです。
 最近は新しく入って来た入院も居ます名前をSさんです、とてもお元気なお方で外にもよく出てはいろんなところを歩いたり、時にはタクシーを使い遠くに行ってしまう事もあります、とてもお元気なお方です。
 入院から帰ってきた入居者も居れば入院をしてしまった入居者も居ました、最初にYさんは2月に2週間入院していた、心配をしていましたが帰って来た時は安心をしましたが今までのYさんと違い大分身体能力が弱まっていましたが戻ってこれて良かったと思いました、次にGさんは1度12月から1月まで入院をしていたのですが帰ってこられたときはとてもうれしかったです、比較的にお元気で帰ってこられてきてお過ごしになっておられたもですが、2月に再度入院をしてしまいました、戻ってきてそんなに日付が経っていないのにとても残念です早く回復をして戻ってくることを思っています。
 1度は8人全員そろっていたのですがまた減ってしまいさみしいのです、早く帰ってこられることを願っています。

17:21 | Posted by kimisanchi

【出会い】  のんびり家2F 飛鳥井

2021年03月10日 | のんびり家::のんびり家 2F

皆さん、こんにちは。のんびり家2階の飛鳥井です。
昨年の春以降、新型コロナウイルスはまだ終息しそうにありませんね。
生活する上で、様々な制限があり、知らず知らずのうちにストレスも溜まってくると思いますが、上手にコロナと付き合いながら、ストレス発散もしましょう。因みに、私のストレス発散方法は、大好きな甘いものを食べる事です。
お陰で、体重が増えてしまいました。(笑い)
今回は、ある方との「出会い」について書いてみたいと思います。
先日、仕事を終えて帰宅途中での出来事です。あるマンションの前を通りかかると、マンション前の階段に座っていた高齢者の方(女性、70代から80代)と目が合い、「交番はどこかしら?」と声を掛けられました。「ごめんなさい、私はこの辺に住んでいる訳ではないので、交番の場所を知らなくて。」と答えました。話はそこで終わらず、「そう、困ったわね。」と言いながらその方が話を始めたので、耳を傾けることにしました。
実は、その方とは面識はないのですが、そのマンション前に時々座っていて、私が通りかかった際「行ってらっしゃい。気を付けて」などと声を掛けられたことがあり、私も「はい、行ってきます」と返事をしたことがありました。
また、一度遅い時間に(夜の9時過ぎ)マンション近くをお巡りさんと一緒に歩いている姿を見かけたこともあり、「もしかしたら一人で出掛けて、迷子になったのかな?」と思っていました。仕事柄、「もしかしたら認知症の方かもしれないな。」と思っていたのですが、今回話をしてみて、同じ話を繰り返していたこともあり、認知症であることを確信しました。話の内容ですが、ご主人とは
証券会社で職場結婚したこと。仕事柄海外への赴任が多くて、ご主人が単身赴任していたこと。病気になり、ご主人が40代でお亡くなりになり、それからはお一人であること等々。初めて会うに等しい私に身の上話をしてくれました。
立ち話で15分程度であったと思いますが、この日は風が強く、夜間で寒かったこともあり、そのまま立ち去る訳にも行かず、一通り話を聞いた後で、それとなく「どうしますか?お巡りさんを呼びましょうか?」と聞いてみました。
ご本人は、「ここのマンションに住んでるのよ。」と言っていましたが、オートロックで入れないかも知れないと考え、ご本人の了承を得て通報し、保護をお願いしました。
間もなくお巡りさんが現れ、その方に向かって「また出てきちゃったんだね。」と声を掛けたところを見ると、やはり今までにも保護されていた様子です。もう一人お巡りさんが現れ、「寒いから、入ろうか」と促してマンションに入って行きました。その際、その方が「遊びにおいでね。風邪ひかない様にね。」と言ってくれたので、「はい、おやすみなさい。お互いに風邪ひかない様にしましょう。」と返事をして、マンションに入っていくのを見届けて、私も帰途につきました。帰りの電車の中で、「マンションにお一人で住んでいるのかな?ご家族がいれば、心配して迎えに来るはずだけど?」などあれこれ考えてしまいました。
将来、認知症の高齢者が増加すると言われています。その際には、専門職である私たちだけではなく、やはり地域の住民の協力がより必要になると思わされ
た出来事でした。この日以降、そのマンションの前を通る度に、その方が座っているかな?と楽しみに思うようになりました。小さな出会いを大切にしたいと思います。

17:00 | Posted by kimisanchi

【コロナ禍に思う事】  のんびり家2F 佐藤

2021年02月25日 | のんびり家::のんびり家 2F

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$file1何回か前のどっこいしょの記事に今のスマホを7年使っていると書きましたが、今年の春ついに買い換え、とても快適な通信環境になりました。その為、気づいたらいつもスマホを見てばかり。
これはちょっとまずい、本を読もうと思いながらも中々ピンとくる本との出会いがなく、暫くして書店で目に留まったのが、その時の記事にも書いた鴻上尚史氏の本でした。
佐藤直樹氏との共著で、タイトルは「同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか」。
著者は、元々日本にあった「同調圧力」が、新型コロナによってはっきりとしたかたちに、それも凶暴で陰湿なかたちになって現れてきたと感じているようです。
数人の小さなグループや集団のレベルで、職場や学校、PTAや近所の公園での人間関係等、その時の多数派や主流派の集団の「空気」に従えという命令が「同調圧力」で、日本は世界で突出して高い国との事。
「同調圧力」を生む根本に「世間」と呼ばれる日本特有のシステムがあり、「所与性」(変わらないこと・現状を肯定すること)を求める「世間」に、苦しむ事がある。その為に「世間」の正体を知ることが大切な一歩だという事です。
ただ、日本に「世間」はこの先もずっと残ると両者は考えており、「世間」の風通しを良くする為に「社会」を見つける。強い「世間」ではなく「弱い」世間に複数所属して自分を支えたり、「社会」と気軽に繋がって自分を支えたりして、方法を見つける事。要は、自分をたった一つの強力な「世間」で支えようとしないという事が肝心のようです。
私自身は、マイペースであまのじゃくなところがあるので、そういった事はあまり感じず、むしろ抗って過ごしてきたような気がしますが、世の人がいかに空気を読み、読み過ぎるが故に息苦しくなっている理由が良く解りました。また、自分で気が付いていないだけで、よく考えもせず空気を読んで行動している事が多くあったかもしれません。
現在の自粛や感染対策は、自身や周囲の人が新型コロナウイルスに感染しない為のものだったのに、いつの間にか世間のルールを守り白い目で見られない為、保身の為のものに変わっていっているような気がしていました。
でも、本質は、自身や周囲の人、社会の人が感染しないように、仮に感染してもすぐに対処して拡大させないようにする事。特に私達の場合、高齢の入居者の皆さんに感染させないことが一番重要です。
厳しい日々が続きますが、入居者の皆さんと「コロナが落ち着いたら、温泉でも行きたいね」と話しながら、その日まで皆が健康に過ごせるようにしたいと思っています。

08:33 | Posted by kimisanchi

【やれば何だって出来るのよ・・・。 】  のんびり家2F 石井

2021年01月28日 | のんびり家::のんびり家 2F

1度、短期間ですが退職した期間を除いて(苦笑)これまでどっこいしょの記事をどれくらい書いてきたんだろうと少し考えてみました。直ぐに忘れてしまうため、以前記事にしたのではないかといつも考えてしまいます。以前の記事内容でも、この仕事に就いて直ぐに辞めようかと思っていたことは書いたことと思います。まったく畑違いのところに来てしまったと若干の恐怖心もあったように思います。たまたま空いたのんびり家にポツンと入職する形になり日々、頭の中がグチャグチャでよくわからない感じでした。当時ののんびり家は東大前ではなく本駒込近くにありましたが、自分の入職後にのんびり家の入居者が数名入れ替わりました。そして、歳月は過ぎ、3年くらい経ったところでのんびり家の宿泊旅行を計画することがありました。計画内容自体が脆弱なものでしたが当時の管理者と仲間に支えられ何とか無事に宿泊旅行を終える事が出来ました。
その旅行の最中でカラオケをする機会があったのですが カラオケの最中に女性のSさんが満面の笑みを浮かべて「やれば何だって出来るのよ・・・・。」と力強く豪語しました。結局、カラオケ後にその女性の方は興奮してしまい、その翌日まで寝ないで過ごすことになるのですが・・・・・・。とても素敵な言葉でその旅行で、その瞬間にその言葉を聞くことが出来て今でもこの仕事を続けていられるのだろうなと思っています。新人の頃の自分でも、今後何年経ったとしても色褪せることなく刻まれていることなのだと思います。

17:22 | Posted by kimisanchi

【節目の3年目】  のんびり家2F 荒野

2021年01月06日 | のんびり家::のんびり家 2F

のんびり家の隣の公園には生垣に金木犀が植えられており、この季節になり芳醇な香りを漂わせています。コロナ禍で世界中の生活の有り様が一変しましたが、自然は今年も変わらぬ姿を見せていると感じる事が出来て少し心がほっとします。
さて、私がのんびり家に入職して8月で2年が経ち、3年目に突入しました。この3年目というのは介護の仕事をする上で一つの節目になります。
というのも、私のように福祉系の学校を出ていない人間は「介護福祉士」の受験資格を得るためには3年の実務経験が必要になるからです。
私は来年度にようやく条件を満たし受験する予定です。そこで、現時点での到達度を計るために過去問に挑戦してみることにしました。
介護福祉士の試験は制限時間120分で1問1点の125問マークシート方式で、合格ラインはおよそ60%程度と言われています。
ちなみに4年前までは筆記試験に加えて、実技試験があったそうですが現在は実務者研修を修了していると免除されます。
この実技試験は5分前まで問題が伏せられ、考える間もなく「はい、やってください。」というものだったらしく、緊張しいの私は免除になって心底良かったと胸をなでおろすばかりです。
話は戻って、過去問に挑んだ結果は…65点でした。ちょうど合否ラインの微妙な結果です。介護福祉士というと高齢者福祉を思い浮かべる人が多いと思いますが、実は大きく分けて「高齢者福祉」「障害者福祉」「児童福祉」の3つがあります。
当然、職務上、高齢者福祉の問題は分かるのですが障害者福祉と児童福祉の問題が全くわかりませんでした。試験は1年に1回なので万が一にも不合格になるわけにはいきません。   今回過去問をやって自分の弱点を明確化出来て本当によかったと思います。
これからの1年をかけてじっくりと課題を克服して、来年のどっこいしょで無事合格した事をご報告出来るよう頑張ります。

11:05 | Posted by kimisanchi

【9月までの出来事 】  のんびり家2F 池田

2020年10月13日 | のんびり家::のんびり家 2F

先月はとても暑い日が続きとてもクーラーなしでは過ごせませんでした、さらにコロナや台風といろんな事が重なり嫌になってしまいます。
新しく入った入居者がいれば去っていった入居者も居てあっという間に今年の半分以上が過ぎてしまいました。
新しい入居者が入ってきました。名前をKGさんと言います。何とこのお方、大正生まれの100歳越えをしているお方で、ご飯もしっかりとお召し上がりになりますし、更に、杖なしで歩いていて、とてもお元気なお方です。テレビが好きなようで色んなチャンネルを見ています。特にサスペンスが好きなようで良く見ています。夜遅くまで見ていることもあります。お風呂にも一人で入っていただけます。身体を洗う際は念入りに洗っています。少しふらつくこともありますが、一人何でもできるお方です。
逆に去っていった入居者も居ます。名前はNさんです。自分が担当をしていました。兎に角元気なお方でした。食べ物や飲み物に強いこだわりを持っており、自分の食べたくない物や今まで食べたことのない食べ物などは絶対に食べませんでした。そればかりか、飲み物も嫁いびりをしている姑のごとく、ついさっきまでいいと言っていたのに、いざ出すと、これには毒が入っているから飲まないなどと、良くも悪くもとても元気なお方でした。自分の生きてきた人生に誇りを持っており、急に馬鹿にするななどと言ってくることもあります。
亡くなる前日まで自分が対応をしていたので信じられませんでした。元気にご飯を食べて、元気に飲み物を飲んで、元気に自分の主張を押し通すお方でした。まだ介護の仕事を始めて4年目程度ですが、とても印象に残っているお方です。
これからもこの仕事を続けて行きたいので、皆様コロナに気をつけて、暖かい目で見守っていただければ幸いです。

19:22 | Posted by kimisanchi

【Nさんと過ごした時間】  のんびり家2F 飛鳥井

2020年09月14日 | のんびり家::のんびり家 2F

皆さん、こんにちは。のんびり家2階の飛鳥井です。
新型コロナウイルスの猛威は留まるところを知りませんね。
一体日本は、いや世界はこの先どうなってしまうのでしょうか?
このような不安な毎日ではありますが、日常生活は続いて行きます。
そんな中、のんびり家2階では悲しい出来事がありました。
8月8日の朝、ご入居者のNさんがご逝去されました。享年99歳でした。
当日の朝、背中の痛みを訴えられ、身体状況が急変し、救急要請しました。
救急隊の方が心臓マッサージなどの蘇生を行ってくれましたが、搬送先の病院でお亡くなりになりました。
前日は暑い中買い物に出掛け、入浴もされていつも通りに就寝されました。
Nさんですが、前号のどっこいしょに佐藤さんが書いた記事に登場していた方です。また、以前に私が「今日も一日」というタイトルで書かせて頂いた方です。Nさんがお亡くなりになったことはあまりにも突然であったため、私たち職員も未だに実感が湧きません。前日一緒に買い物に出掛けた入居者の方や、居間でいつもNさんのお隣に座っていた方にはNさんがお亡くなりになったことをお伝えしました。お二人ともNさんの不在を分かっていらっしゃるご様子でした。
Nさんはとても偏食気味の方で、召し上がるのはほぼ和食中心でした。そのNさんが、昨年ののんびり家合同日帰り旅行で、横浜中華街に出掛けた際には、中華のコース料理を箸が止まらない勢いで誰よりも沢山召し上がり、私たちは事あるごとに「あの時のNさんは凄かったね」と笑い話になるほどでした。
また、入浴の際に湯船に浸かっていると、「私は水泳をしていたの。指ヶ谷小学校にプールがあってね」と実際に泳ぐ仕草をしながら良く話してくださいました。
Nさんはとても自立心の強い方で、「誰にも迷惑を掛けたくない」と言う気持ちが人一倍あったように思います。ご入居後に転倒して足を骨折され、車椅子の生活となっていましたが、支援をする職員に対して「あんたに迷惑かけて済まないね。ありがとう」といつも労いの言葉をかけてくださる優しい方でした。
職員が「Nさん、お互い様ですから」と答えると涙ぐむこともありました。
Nさんの就寝支援をする際、「今日も一日」と私が言うと、Nさんが「お疲れさまでした。ありがとう。あんたも早く休んでね」と言うやり取りをしていましたが、もうそれが出来ないと思うととても寂しいです。
Nさんは最期の時まで「誰にも迷惑を掛けたくない」と言う気持ちを貫かれたようで、Nさんらしい最期の迎え方であったなと思います。今は、Nさんが苦しまずに最期の瞬間を迎えられたのであるならと思わずにはいられません。
Nさんがのんびり家で過ごされた時間は2年半ほどですが、私にはそれ以上に濃密な時間に思えます。Nさんから沢山のことを学ばせて頂きました。もっとNさんと沢山の時間を共有したかったのでお亡くなりになったことは残念ですが、教えて頂いたことやNさんとの思い出を忘れないようにしたいと思います。
Nさんと過ごした時間は、私にとってとてもかけがえのないものです。 
最後になりましたが、Nさんのご冥福を心よりお祈り致します。

09:36 | Posted by kimisanchi

【「当たり前」の有り難さ】  のんびり家2F 佐藤

2020年08月11日 | のんびり家::のんびり家 2F

Nさんは先日99歳のお誕生日を迎えられた、生まれも育ちも「東京の人間」です。ご本人の話では、ご自宅にいた頃、近所の某天丼チェーン店によく出掛けていたとの事。のんびり家にご入居してからも、おいしいのはもちろんの事、「安いのよ」が口癖で、何度も出掛けて美味しい天丼を頬張ってきました。
ですが、この状況下。出掛けたい想いは募りますが、入居者の皆さんのご年齢を考え、皆さんと一緒の買い物や外食は暫く控えていました。
6月、対策をしながら、近所の買い物に出掛けることを少しずつ再開しました。
下旬、混雑していない時間を狙い、久し振りにNさんを某天丼チェーン店にお誘いしました。Nさんにとって本当に久し振りの外食です。二つ返事で出掛けることになりました。
店内に入り、いつもの天丼を注文して暫くした後の事。Nさんが穏やかな笑顔で「心が躍る。あんたと来られて嬉しい」との言葉。そして、「今度はお母さん連れて来なさいよ!」と。
こんな状況になり改めて、自由に往来できた世の中の有り難さを感じます。私も心が躍りましたよ、Nさん。
まだまだ油断ならない状況ではありますが、また空いている時に天丼食べに行きましょうね!

11:49 | Posted by kimisanchi

【自分で・・・・】  のんびり家2F 石井

2020年07月13日 | のんびり家::のんびり家 2F

 のんびり家も長く1室が空き状態でありましたが、ようやく男性の入居があり久々に8名揃いました。現在、のんびり家は女性が5名、男性が3名の8名です。偶然か必然かわかりませんが、たまたま男性の方は頭文字がKさんです。(時折、様々考えながらお名前を呼ぶ時に間違えてしまうことがありました、申し訳ありません。)

 話をのんびり家に戻しますが、女性のTさんですがいつもの口癖が「私はパーになっているからやってください。」と話されることが多いです。しかし、食事の場面ではその都度違いますが女性のKさんと相談、言い合い(?)のようなやりとりをし最終的には調理をされることが多いです。何もわからないと豪語するTさんですが、魚を焼く姿は真剣そのもので、隣で女性のKさんが「もういいかしら。」と話しても身体を少し横に傾けながら火の調節をしながら「まだよ。」と一括。最終的には焦げ目がつくまで焼いていました。 
 まだ入居されて間もない男性のKさんが、ある日食事の時間帯で片腕を高く上げている事がありました。それに、気づいた私ですがそのKさんの心理状態を周囲の環境も含めてある程度理解が出来ていた私は気づかない振りをして様子を見ることにしました。すると、隣に座っていた「私はパーになっているから」が口癖の女性のTさんがKさんに一言告げました。「ここはね、誰もやってくれないから自分でやらないと駄目だよ。」と神妙な面持ちで。私は気づかない振りを継続し、その後男性のKさんは自身で立ち上がり台所に向かい何やら作業を始めました。いつもは、ご自身が眉間にしわを寄せながら「やってくれたらいいのに。」と口癖のTさんですがのんびり家での「先輩」らしい姿を垣間見る事が出来ました。

10:30 | Posted by kimisanchi

【一世紀前】  のんびり家2F 荒野

2020年05月26日 | のんびり家::のんびり家 2F

先日、のんびり家に新たにご入居された男性がいらっしゃいます。私が入職した当初、入居者さんは全員女性でしたが、今は男性が3人と時の移り変わりを実感します。
 さて、こちらの男性ですが、なんと御年101歳。大正7年生まれです。なんでものんびり家に限らず、法人内でも過去最高齢でのご入居になるそうです。大正7年で調べますと、日本では米騒動が起き、世界に目を向ければ第一次世界大戦が終結した年でもあります。学校で近代史として歴史の授業で習う時代です。同じ年に生まれた有名人では元内閣総理大臣の田中角栄や中曽根康弘といった昭和という時代を作った方たちの名前が挙がります。
 そんな御年101歳のKさんから何度か「一世紀生きてきたからね。」というお言葉が聞かれます。一世紀…、実際に過ごしてきた方の口から出ると、言葉の重みが違います。これからKさんの壮大な一世紀に自分がどう関わっていくのかを考えると身が引き締まる思いです。Kさん、色々勉強させていただきます。
 ところでKさんはいい意味で101歳とは思えません。多少足元がふらつく事はありますが、矍鑠(かくしゃく)と歩くお姿や鏡を前にきちんと身支度を整える様は、自分の100歳像を覆すものでした。何と言いますか、5年後もお元気な姿をイメージ出来るほどに心身ともにしっかりしていらっしゃいます。もしかしたら、ここのんびり家から男性の世界最高齢者が誕生!なんて日がくるかもしれません。

10:26 | Posted by kimisanchi

【朝顔が咲きました!】  のんびり家2F 石川

2020年05月06日 | のんびり家::のんびり家 2F

Aさんはひとりで動く事ができなくてベッドでの生活です。
余り声を発する事はないのですが、時々「おはよ!」と返事をしてくれるので、何かと話し掛けながら介助をしていました。
特に朝になると「Aさんおはようございます!」とカーテンを開けて「いい天気ですね!」や「今日は七夕ですよ!」と、お天気の事やその日の出来事を話し掛けたりしていました。
2年前のある夏の日の朝、いつもの様にAさんの部屋のカーテンを開けると、ベランダに濃い紫色の朝顔が3つ咲いていました。
「Aさん!朝顔が咲いていますよ!見えますか!」とベッドの上半身を少し高くして話し掛けると、目をぱちぱちさせて、何も言わずにじっと外を眺めていました。
時が流れてまた夏が来ました。いつもの様にAさんの介助をしていましたが、もやもやした気持ちのまま数日間過ごして気が付きました。夏なのに何故か朝顔が咲いていなかったのです。「Aさん今年は朝顔が咲かないですね」と、いつもの様に介助をしていると、真っ黒な澄んだ瞳で私をじっと見つめてきました。(朝顔を気にしているのは私だけでAさんは興味ないのかな?)と少し寂しくなっていました。
ある日、Aさんが入浴している間にベッドメイキングをしながら何となく外を見ると、ベランダに濃いピンク色の朝顔が2つ咲いていました。普段介助している私からは少し見えにくいのですが、ベッドの上半身を高くするとAさんからは良く見える所に咲いていたのです。
私の顔をじっと見つめてきたのは、もしかしたら「朝顔は今年も咲いているよ!」と言っていたのかもしれません。
その数日後、Aさんは体調が優れず入院してしまいました。
痰が絡んで咽ていたら慣れない手つきで吸引をしたり、Aさんの身体がベッドの端に行ってしまっても力が無くてベッドの中央に戻せなかったり、パット交換が手早くきれいに出来なかったりと、私が介助する事でAさんに負担を掛けていた事も多々あったと思います。それでも最後まで一緒に居られたら…という気持ちはありました。
医師や看護師からの指示があれば、介護士でも医療的な事をする事が出来ますが限られていますし、Aさんの体調面を考えるとここでは限界なのかな…と。
Aさんとの事を考えると『介護士って無力だなぁ』と思いました。
Aさんが入院して暫くしたある日、出勤してくると玄関に朝顔の花が落ちていました。その朝顔を見ていたら、Aさんから「頑張れ!私の事忘れないでね!」と言われている様でした。
介護の世界は毎日変化があって、のんびりしている私には追い付かない事ばかりですが、世の中が落ち着いたら新しい施設で過ごしているAさんに会いに行きたいです。
そして、朝顔を見てAさんが私の事を思い出してくれたら嬉しいです。

10:23 | Posted by kimisanchi

【こんにちは】  のんびり家2F 池田

2020年04月07日 | のんびり家::のんびり家 2F

この記事を書かせて頂いてもう3回目になります。今年の3月までに色々なこともありました。
 この仕事にも慣れてきたかなーと思う事もありましが、時々起こるアクシデント等にあった時に、まだ少しパニックになってしまう事もあり、まだまだ出来ていない事もありますし、周りからもまだまだだと言われてしまいます。声を掛けなくていいところで声を掛けてしまったり、手を出さなくっていいところで出してしまったりしてしまいます。
 今はコロナウイルスのせいで中々外出が出来ませんが、Kさんはとにかく外に出たいお方なのでついていくのが大変です。1人でも出掛けてしなう事もあります。外食も好きで近くにある王将に自分から餃子を食べたいと言ってくることもあります。物知りでもあり自分たちが知らない事を良く話してくれます。
 Aさんはどことなく自分の祖父に似ています。良く食べる所やお酒を飲むところなどはそっくりでしたし雰囲気がそっくりです。Aさんは3月まで入院していたのですが、入院を感じさせないくらいご飯を良く食べています。
 皆さんもコロナウイルスに気を付けて、手洗いうがいを忘れずにするようにしてください。

15:25 | Posted by kimisanchi