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【春です。】 お寺のよこ 冨所

2010年05月05日 | お寺のよこ

今年に入ってから、病院で二回検査を受けています。最初は健康診断で尿潜血が認められたのを受けて再検査、幸いにして異常は認められませんでした。
二回目は二月の末に、ワイドショーを観ていると、俳優の森本レオさんが、心筋梗塞で倒れた事が報じられていたのですが、その際の森本さんの自覚症状「みぞおちが引きつれるよう」という痛みに覚えがあり、不安になって三月の自分の誕生日に、近所の循環器科で心電図検査を受けて来ました。
健康診断でお馴染みの、ベッドに横たわっての心電図の他、自転車こぎ運動を行って心拍数を高めた後の心電図測定を行いました。検査終了後、待合室で先生の診察を待つ間、色々と悪いイメージが頭の中を飛び交い、「もし深刻な状態だったらどうしよう。家族や職場に迷惑がかかったら…」等と考えながら、手にした雑誌をぱらぱらとめくっていました。やがて名前が呼ばれ、緊張しつつ先生の言葉を待ちます。
「んー、特に心筋梗塞や、狭心症の波形は出てないねぇ。」ひとまず安心はしたものの、それならそれで、あの今まで体験した事のない痛みの正体は?
「逆流性食道炎でも、似たような痛みが起こるんだよね」…………えー逆流性食道炎の原因となる体質、生活習慣ですが、「筋肉質もしくは太っている(腹圧がかかりやすい)」、「喫煙」、「飲酒」、「満腹まで食べる」、「食べてすぐ横になる」、「甘い物好き」、「辛い物好き」、「肉好き」、「脂っこい物好き」、「コーヒー好き」…とまあ大変。「筋肉質」と「喫煙」以外全部当てはまってました。かといって好きな物を完全にやめるのは難しいので、意識して量を控えたり、コーヒーならブラックをやめて牛乳で割ったりと、出来る範囲で改めてみたところ、誕生日から二ヵ月程経ちますが、前述の引き攣るような腹痛は起こっていません。よしよし。この春は高熱でダウンしたり、同い年の巨人軍木村拓哉コーチが亡くなったりと、健康である事の有り難さを改めて感じ、また、人生を一変させてしまうような災厄が、身近な存在になりつつある事を否応なしに感じさせられました。長年に渡りお寺のよこを支えてくれたスタッフのHさんも、現在病気と戦っています。笑顔のHさんに会える日が一日も早く来る事を、お寺のよこ一同願っております。
さて、話は変わりますが、お寺のよこでは、三月末に、芋煮とバケツプリンの昼食会が催されました。お昼前から寺よこ一同一丸となって、せっせとお盆二つ分のおにぎりとずん胴一杯の芋煮を用意して、お招きしたのんびり家の皆さんの到着を待ちました。色々とバタバタして、食事開始が二時近くになってしまいましたが、お腹をぺこぺこにしての、にぎやかな食卓は、美味しくて楽しいものになりました。デザートのバケツプリンは、その大きさと、スプーンで崩すとぷるぷると生き物のように震える様子に、歓声が上がっていました。食後は皆で集合写真を撮り、お開きとなりました。人数が多すぎてフレーム割れしてしまい、残念ながら私は集合写真に入れなかったのですが、やっぱりみんなで集まって撮る写真っていいなぁと素直に思いました。次に集合写真を撮る機会が楽しみな、お寺のよこの春です。

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【幸せのストック】 お寺のよこ 光岡

2010年04月05日 | お寺のよこ

私事で恐縮ですが「お寺のよこ」で管理者業務を行うようになってもう少しで1年となります。私にとってこの時間は長かったような短かったような・・・。
楽しいことから大変なことまで様々な出来事がこの1年間にありました。そういった時間の中で管理者になって強く思うようになったこと。それは「人に支えられて生きていることの有り難さ」でした。「お寺のよこ」自体沢山の人達に支えられて存在していると言えます。入居者のご家族、地域住民の方々、福祉・行政関係者の皆さん、何より入居者の方々の逞しい力によって支えられていることは言うまでもありません。
今回はその「お寺のよこ」を支えている要素の一つ、働いている仲間・スタッフのことを書きたいと思います。
「お寺のよこ」では常勤、非常勤含めて10名が仕事をしています。年齢層も様々で20代から60代まであらゆる年代の人がおり、当然のことながら個性や考え方も多様です(男性3名、女性7名)。入居者さんへの関わり方もそれぞれ異なり、時に入居者さんと見事なアンサンブルを奏でることもあれば、歪な不協和音がかき鳴らされることもあり
ます。人間関係は多様ですし、私はその事はさして重要なこととは思っていません。大切なのは調和が取れた時、不協和音であった時、そのいずれの場合でも自らを振り返り見つめ直すこと、入居者さんのその際の姿を再度思い描くことかと思います。そういった振り返りをする事により、入居者さんとより良い関係を作り上げることが出来るかもしれないですし、入居者さんが生活を営む上で適切なお手伝いが出来るかもしれません。何より、その振り返りが人を支えている行為が実は人に支えられていたことに気づく契機になるのではと感じています。
「お寺のよこ」のあるスタッフの話です。そのスタッフが入職して間もなくのこと、今はお亡くなりになられたIさんという入居者さんがいらっしゃいました。居室は2階にあるのですが、足腰の力が低下されており階段の昇降はかなり体力の消耗を要することから起床、就寝時以外は1階の居間で過ごされることが多くなっていました。
ある日、Iさんと仲良しだったTさんが昼下がりの時間に訪問されました(Tさんは以前「お寺のよこ」で仕事をしていたスタッフです)。IさんはTさんとともにIさんの居室に行かれ、昔のアルバムを見たり、一緒に歌を歌う等してとても楽しそうな時間を過ごされていました。その場面を見たスタッフは感銘を受け、自分たちがIさんを如何に限定した枠の中でしか接していなかったかということを話しました。
時間は経過し今年の2月のこと。Mさんという入居者がいらっしゃいます。Mさんは昨年体調を崩され2週間強入院されていました。退院後は体力が少し低下されたご様子で2階にある居室ではなく殆どを1階の居間で過ごされることが多くなりました(階段の昇降もかなり難しくなっていました)。そのMさんも今年に入り少しずつ体力が回復されてきたご様子が見られ始めました。先述のスタッフはMさんの身体の様子を見ながらともに階段を昇って居室に行き、30分程度馴染みのあるものや空間に触れながら時間を過ごしました。居室のMさんはとても嬉しそうなご様子だったそうです。
スタッフの意識の中にIさんとTさんの姿があったかどうかは分かりません。ただ、入居者の方々の望みを考え大切にした関わりが時間を越えて受け継がれていることを私は実感しました。IさんやMさんの嬉しそうな表情に我々スタッフは支えられていることは当然ながら、その表情を導き出すお手伝いをしたスタッフ達に、「お寺のよこ」や自分は支えられているのだと感じました。
先述したようにこの1年は色々なことがありました。その中で入居者さんやスタッフ達の姿から幸せな気持ちになれるようなものを沢山もらいました。私はその「幸せのストック」を時折引っ張りだしては「にやり」と思い出し笑いをしてみたり、自らを奮い立たせる糧として活用させてもらっています。
残念ながら先述のスタッフ・及川はこの春で一身上の都合により「お寺のよこ」を退職します。彼女の中に数多くの「幸せのストック」が存在し、次の一歩を踏み出す上での糧になってくれればと思います。

【退職の挨拶】   お寺のよこ 及川 加菜子

真に勝手ながら、この度一身上の都合により、「お寺のよこ」を退職する事となりました。「どっこいしょ」では、私の地元である岩手県遠野市に語り継がれている「遠野物語」を紹介してきました。
もっと沢山紹介していきたかったのですが、最後になってしまいました。「オシラサマ」というお話を最後に紹介させてください。
「オシラサマ」
昔ある所に、貧乏な百姓がいだったずもな(百姓がいました)。おがだ(妻)早くになくしたども、とっても美しい娘っ子がいだったど。そして一匹のこれまた、めんこい(かわいい)馬っこあづがってらったど(馬を飼っていました)。 娘はこの馬が好きで、いつも馬屋へ行って話しをしていましたが、その内、夜になると馬屋へいって休むようになりました。そして、年頃になると、娘は馬と夫婦になってしまいました。 おど(父)も、おかしいおかしいとおもってらったずが、ある晩、一緒にいるどご見つけてたまげで(びっくり)しまったど。そして、なにもかにもごせやげで(どうにもこうにも腹が立って)馬の事、憎らしくなったんだど。
次の日、娘が居なくなるのを待って、おどは、やんたがる(嫌がる)馬を連れ出したんだど。そして高い桑の木にぶら下げて、ドンガリと殺してしまったんだど。
その晩娘が帰って来て見たところ、可愛い馬が居ないのでおどに尋ねました。おどははじめはごまかしていましたが、とうとう白状してしまいました。娘はたまげで、桑の木へ走って行きました。そして、死んでしまった馬の首さ抱きついで、泣ぐが泣ぐが泣いだんだと。あんまり泣くもんだから、おどはまた憎らしくなって、斧を持ってきて、後ろから馬の首をボッズラと切り落としてしまいました。すると、なんとその馬の首は、娘を乗せたまま、たちまち天に昇ってしまったんだとさ。どんどはれ。
オシラサマとは、この時できた神様で、馬を吊り下げた桑の枝でその神像をつくりました。馬と娘の顔に棒がついているものです。ボンボンの付いた太鼓のばちのような形で、毎年着物を重ねて着せていきます。現在もその習しは代々受け継がれていますので物凄い数の着物を身に付けていて、着膨れしてます。少し気味が悪いですが、なんとも神秘的なオシラサマです。私は、退職後遠野に帰ります。お寺のよこで経験してきた事全てを大切にして、オシラサマの様に毎年ひとつずつ、自分が大きくなっていけるよう、これからもがんばって生きていきます。
皆様、今まで大変お世話になりました。本当に有り難うございました。それでは、またどこかでお会いしましょう。

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【10周年と半世紀に思う事】 お寺のよこ 橋本

2010年03月05日 | お寺のよこ

法人ミニケアホームきみさんちの10周年、そして私が福祉の仕事についてからも10周年(お寺のよこでは4年弱ですが)、おまけに私がこの世に生れ出てからもジャスト半世紀となりました。月日が経つのは本当に本当に早いものですね。
特別養護老人ホームで、始めて食事介助をしたこと(時間だけがかかり、コツが分からずに食べて頂けなくて困りました)、始めて排泄介助をしたこと(やはり臭いが辛かったけど、これは3日で慣れました)、先輩の職員に怒られたこと(かなりしょげました。怖い先輩でしたね)、いろいろと相談に乗ってもらったこと(こっちは優しい先輩でした)。
そしてお寺のよこで働き出しても、最初は戸惑う事ばかりでした。それまで働いていた特養とあまりにも違うので。
グループホームの認知症の方への自立支援ってどうするの?と。その後も色々と壁にぶち当たっていますが、利用者の笑顔に支えられて働いている次第です。
漠然と認知症の人と捉えずに、個々の方が先にあってその中の病気としての認知症と捉えるようになったのは、このお寺のよこで働き始めてからです。認知症がかなり進行した方でも、できる事があり(最初は驚きでした)、それは皆それぞれ違います。今まで生きてこられた中での大切にしてきた事や習慣が、今現在も残されているのでしょう。
10年間も認知症の方と関わって来ましたが、まだまだわからない事はたくさんあります。利用者はお寺のよこで生活する中で何を望んでいるのか、意志の疎通が難しい方は、仕草や表情から想像するしかなく、そうやって想像した事は、職員の良かれと思う勝手な思い込みかもしれません。利用者に寄り添う気持ちを大事にしていけば、今後、また少しずつ見えてくる事もあるでしょうか。その様な事に期待しつつ、まだまだこの仕事を続けていくことになりそうです。
今年は10周年と半世紀を記念して、何か一つやりとげよう、理解を深めようと思っています。具体的にはまだ何も決めてはいないのですが。1年後のこの通信でそのことを報告できますように。

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【元気のしるし】 お寺のよこ 谷野

2010年02月05日 | お寺のよこ

最近の母は、テレビや週刊誌を見なくなりました。皇室ネタと瀬戸内寂聴さんが好きで、週刊誌を何度も読み返していたのですが最近は、買っていった雑誌を開く様子もありません。手帳の予定表なども、去年あたりから付けなくなりました。実家に帰ると、「谷野さんは、86歳になりました。」と、ティッシュの箱に書いてあります。往診に来て下さる、医師がいつも書いてくれるそうです。先生がいなかったらこんなに長生きできなかったと、いつも言っています。
その先生も85歳になられるそうで、自分で車を運転して往診してくださる、とても元気な先生です。
最近は、よく家の中で転んでしまう様で、先日も転んでしまい、虫の知らせかのように、家に来た義兄に助けてもらったと。「おまえも、義兄のおかあさんが亡くなったらお葬式に行かなくちゃね。」と、少しズレてるような気がしますが、義兄もまた母のヒーローになっているようです。
よく留守電には母の伝言が入っています。だいたい3件、同じ口調で「もしもし、おかあちゃんだけど、いつ来るんだ。」さだまさしの案山子のような台詞ですが、そんな歌のように健気ではありません。正月すぎに帰ったばかりなのに、もうこの電話です。先日も帰り際に「おかあちゃん目当てに帰って来れるように、まだまだ元気でいるから。」と、微妙に意味合いが違うような気もしますが、確かに母がいなかったら、法事くらいでしか田舎に帰ることはなくなるでしょう。電話で話をしていると「今日は元気がないね。」と、いつも元気ないけど、なぜかいつも当たっています。
この歳になってようやく、着信履歴を埋め尽くす母の名を見て、元気なんだなと思えるようになりました。
お寺のよこで働かせていただき半年になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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【バランス】 お寺のよこ 安藤

2010年01月05日 | お寺のよこ

先月、冬休みで実家に帰省した際、朝から晩まで冬眠した熊の様に寝てばかりいると、父が「面白い本があるよ」と、ある本を貸してくれた。「奇跡のりんご」と題された本。
表紙では歯の無い男性が、微笑んでいる。奇跡とは、常識では考えられない出来事である。
一日中寝てばかりで、頭がボーっとしていた。そりゃあ、運の良い人間だったら奇跡の一つや二つ、簡単に起こせるんだろうな。読む前、そんなひがみめいた事を思った。
表紙で微笑んでいる男性は、青森のりんご農家、木村秋則さん。木村さんは、絶対不可能と言われたりんごの無農薬栽培を、10年近い歳月をかけて成功させる。本には、農薬を一切使用しない環境で、りんごが花を咲かせ実を付けるまでの過程が、壮絶に書かれていた。
冷めた気持ちで読み始めた本だったが、何か感じさせられるものがあった。
無農薬栽培に切り替えてから木村さんは、害虫取りや草刈りや、目に見える部分のみ行なう。しかし、木村さんの壮絶な努力なんてお構いなしで何年もりんごは花も実も付けず、しまいには木が枯れそうになる。荒れ果てたりんご畑と共に、木村さんの心も疲れ切って行く。何年も、りんごが実らない為ついには収入も途絶える。そして家族に貧乏な思いをさせてしまう。
世間や周囲からの冷たい目・批判・・・追い詰められた木村さんは、死んでお詫びをしようと山に向かう。首を吊ろうと、木にロープをかけようとするが外してしまう。外したロープを拾おうとした時、木村さんの目に映ったもの。それは、山の中で悠々と生きるりんごの木だった(実際はよく見たら別の木だったそう)。木村さんが死を覚悟した時に見つけたものは、長年捜し求めていた答えだった。
答えは、目に見えている地上部ではなく、目に見えない部分。土や根の部分だった。人の手が入っていない山は土壌が豊かの為、農薬が無くても木や植物は自らの生命力で悠々と生きている。しかし、人間が色々と手を加えた結果、本来の生命体は姿を変えてしまった。目に見えない部分、つまりは土壌を豊かにしてから間もなく、ついに木村さんのりんごが花を咲かせ実を付けた。
木村さんの本を読み終えてから、自分は随分と自然に逆らって生きてしまっているなと考えさせられた。小学生の頃、早起きをして朝顔やヘチマなどの観察日記をつけていた。人として、自然の仕組みやサイクルを理解したつもりになっていたけれど、いつの間にか過程をおろそかにして結果主義の人間になっていた。種を蒔けば、明日にでも芽が出て来いと思ってしまい、思い通りにならなければ家族や友人のせいにして逃げている、そんな自分に気付かされた。
子供の頃の夕食時、家族みんなでホットプレートを囲み、月に何度か焼肉をしていた。父は「せっかくなんだから肉を食べなさい」と肉を勧め、母は「肉ばっかりじゃ体に良くないからもっと野菜を食べなさい」と野菜を勧める。
社会人になり、帰省した際に父と一緒に晩酌をする様になってからは「せっかくなんだから、もっと飲んだら」と父がお酒を勧めてくれ、その傍らで今度は母が、調子に乗って飲み過ぎるなという無言の圧力めいた視線で私を時々見ている(笑)2人で間逆の事を云う両親。2人して、そんなに私を困らせたいのかと思い、一体、私はどちらを信じたら良いのだろうか?と考えてしまった事がある。
に対しての達成感と周りからの評価があり、プロ意識をもの凄く感じる事がありました。
少し前の事、以前勤めていた職場で親しかった歳の離れた友人に、この話をすると友人は急に笑い出した。「だからバランスだよ」と。始めは言われている意味が分からなかったけれど、友人の話を聴いているうちに段々謎が解けてきた。肉好きの父が、肉ばかり食べてしまっていては、健康を害する事になる、そこで、野菜推進派の母がいてくれる事によって、バランスが取れる事になる。私も父も、お酒が大好きだけれど、酒ばかり飲んでいてはこれもまた、健康を害する事になる。そこで、母の無言の圧力(笑)によって「今日はもうやめておこう」という思いが湧きあがり、酒に飲まれ過ぎることなく、バランスが取れる事になる。
一見、マイナスの出来事に大きなプラスが隠れていたり。プラスと思って蓋を開けて見たら、実はマイナスだったり。人生はいつだって、見えている通りとは限らず不思議である。
皆様にとって、素敵な1年になります様、心よりお祈り致します。

09:59 | Posted by admin