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【全治三週間の痛み】  きみさんち 松林

2021年02月25日 | きみさんち

去る、11月7日の朝のこと。それは、突然やってきました。
歩けるようになったのが嬉しいらしく、広くもない我が家をあちこち歩き回り、ベランダに出てしまいそうになった我が子を抱え上げようとした瞬間です。
ペキペキッ!という音と同時に腰に激痛が走り、畳に膝を着いたまま動けなくなってしまったのです。
その後、整形外科へ通院して、検査で椎間板ヘルニアである事が分かり、三週間の療養が必要であると診断され、職場には多大な迷惑を掛ける事になりましたが、上司が快く療養を認めてくれたため、三週間の休暇を頂く事になりました。
椎間板ヘルニアの痛みは、経験した人ならばお分かりでしょうが、椅子に座るのも、靴下を履き替えるのも、洗面をするにも、激痛と戦いながらなのです。
なので、家事も出来なければ、子守も出来ない、所謂、役立たずな状態なですから、家に居ても居場所が無い様に思ってしまいます。結構な落ち込みです。
歩く事も困難なため、杖を購入したのですが、子供が珍しがって持って行ってしまったりと、子供に苛められたりもしました。
通院などで出掛けた時も、杖を頼りに歩いていると、結構な高齢の方にスタスタと抜かれたり、すれ違う人が大きく避けて行ったり、通常であれば10分も掛からない駅までの道程が40分も掛かったり、駅のホームでベンチの席を譲られたりと、身体能力の衰えを自覚する機会と沢山出くわし、気持ちまでもが衰えて行くようでした。
そんな時、ふと、普段から杖を使用している入居者さんを思い出しました。
その方は、いくらお誘いしても、買い物や散歩にすら一緒に出掛けてくれない方なのです。
理由を尋ねると、私が行くと迷惑が掛かるからと、答えられます。
迷惑ではありません、むしろ、歩かないともっと歩けなくなるからと、何度もお誘いしますが、迷惑を掛けたくないと、頑なです。
残念な気持ちでお誘いを諦めていましたが、杖を突きながら歩いてみると、何となく気持ちが分かるような気がしました。
また、以前出来た事が、病気や怪我、加齢などで難しくなってしまう悲しさや恐ろしさも、身をもって体験しました。
これを書いている現在、腰はすっかり良くなり、職場に復帰させて頂いていますので、療養中の体験を生かせる様に頑張っていくつもりです。
そして、きみさんちの入居者さんやスタッフ達に、感謝としてお返しできればと考えています。
余談ですが、我が子は、仕舞ってある杖を持って来てくれる様になりました。

08:34 | Posted by kimisanchi

【命のバトン】  きみさんち 田中

2021年01月28日 | きみさんち

先日祖母を連れ、区民健康診断に行った時の事です。
行った病院は町医者でありながら、小児科が有る唯一の医院なので、健診に行った当日は乳幼児を抱えたお母さん、お父さんでごった返していました。
そんな中、祖母が待合室で待っていると、一人の男の子が祖母の前に駆け寄り、握手を求めてきたのです。祖母は「可愛いね」「坊やは幾つになるんだい」と嬉しそうに手を握りながら話しかけていました。それを横で見ていた私は、ふときみさんちにいらっしゃる入居者の方たちを思い浮かべました。
Kさんは散歩に出かけ、子どもを見るたびに「お人形さんみたいだね」と声を掛け、Sさんは外に出ると散歩に来ていた保育園児を見るたびに「可愛いわね」「この子前に会った事あるわよね」と声を掛けて笑顔です。
OさんAさんも子どもを見るたびに「可愛いわね」「可愛子ちゃん」と言いながら満面の笑みを見せてくれます。
こんな事を思うのは不謹慎かもしれませんが、スタート地点に立ったばかりの命とゴール間近の命のなんとも微笑ましい言葉のやり取り。
ほっこりすると共になんだか切ない気持ちにもなったりします。
そんなことを思っているうちにうちの祖母の受診番号がよびだされました。
人生100年時代、それを超えている祖母と一緒に、折り返し地点にいる孫にはこの光景が「これからをよろしくね」「今までご苦労様ね」と言う握手に思えて仕様がありませんでした。命のバトンタッチ。これからの未来をこの子に託しているのかもしれません。
他人の子ですが・・・!?

17:22 | Posted by kimisanchi

【さよなら夏の日】  きみさんち 志寒

2021年01月06日 | きみさんち

先日、練馬区にある遊園地「としまえん」が閉園しました。
私自身は練馬の生まれではなく、自分の生い立ちの中では思い出はないのですが、それでも入居者の皆さんとアジサイ祭りなどに何度か訪れています。むせ返るような草いきれの中に鮮やかに咲くアジサイと、今ではご逝去された入居者さんの笑顔を思い出して、いささかさびしい気持ちになります。

私自身は特段の宗教を持っていないのですが、神社仏閣は好きです。それは信じている神や仏は別として、そこに長い時間積み重ねられた思いや願い、人々の心のエネルギーに畏怖と敬意を感じるからです。それと同じく、1927年開園のとしまえんに、どれだけの子どもたちの、親たちの、恋人たちの思い出が凝縮されていると思うと、特に練馬に生まれ育った方の落胆はいかほどかと感じます。

閉園の話題の中で、山下達郎さんの「さよなら夏の日」という歌がとしまえんを舞台にしていると知りました。遊園地のプールを舞台に少年の恋心と夏の終わりを歌った曲なのですが、歌詞の“さよなら夏の日いつまでも忘れないよ”という
フレーズを口ずさむと、旅立った入居者さんに向けられているようにも思えてきます。

思いが積み重なる場所といえば、開所20年を超えたきみさんちも、そうなのでしょう。時には穏やかで朗らかな、時には強く激しい思いが積み重なるきみさんち。
もちろん、入居者さんだけではなく、スタッフたちの思いも積み重ねて。
コロナ騒動でいつの間に季節が過ぎ去ったのか、いささか実感のない日々ですが、これからもたくさんの思い出たちを、いつまでも忘れず、重ねていけたらと思います。

11:06 | Posted by kimisanchi

【知ること、認めること】  きみさんち 金井

2020年10月13日 | きみさんち

先日、若年性認知症の方のお話を聞く機会がありました。
その中で私は、出来ることを奪わないでくださいとおっしゃられたことが忘れられません。
出来ること・出来ないことを「認め」、本人のことを「知って」ほしいと、そういう病気なのだとおっしゃっていたことを忘れないと思います。
その方のご家族は、「心配はしているけれど、信用している」と仕事に送り出しているそうです。そういう寄り添いを私も出来るだろうろうかと自問自答しました。
日々の生活の中で失敗を恐れて、待つことをせず、成功する喜びを奪うことのないよう人に向き合うことの大切さを改めて感じられた2時間でした。

19:22 | Posted by kimisanchi

【異次元空間きみさんち】  きみさんち 松林

2020年09月14日 | きみさんち

新型コロナウィルスが世界的に猛威を振るっています。
日本も例外ではなく、沢山の感染者が出ています。
東京では、連日200人を超える感染者が発表されているほどです。
そんな状況ですから、人々は感染予防のために、外出を控えたり、他者との距離を取ったり、マスクを嵌めて会話をするのが常識となっています。
きみさんちでもそれは例外ではなく、勤務中はマスクをしたままですし、入居者さんと買い物に出掛ける事はなくなっています。
ウィルスの終息までは仕方の無い事ですが、常識の変化に対応して行かなければならないと思っています。
しかし、きみさんちの入居者さん達は、それぞれの常識を貫きながら生活されております。
一日の殆どを外のベンチで過ごされる方。
帰らなきゃと仰って外に出られる方。
大きな声で歌を歌っている方。
新型コロナウィルスの猛威は、世界的に広がっていますが、どうやらきみさんちの周りにはバリヤーが張り巡らされているようで、その猛威が振るわれる恐れは無さそうです。
また、窓辺にしがみ付くカマキリの姿や、庭から玄関先まで行列を作っている蟻達を見付けたり、神社の木々から聞こえる蝉の声を聞いていると、新型コロナウィルスが猛威を振るっているなんて嘘なのではと思ってしまいます。
どこかのんびりとしたいつもと同じ風景といつもと同じ入居者さん達に囲まれていると、ウィルスが蔓延している世界とは別次元の世界にいるかの様な錯覚に囚われてしまいます。
しかし、現実は、、、。
何時でも何処にでも気兼ね無く出掛けられ、誰とでも会話を楽しめる日が早く帰って来る事を節に願います。

09:35 | Posted by kimisanchi

【こんな所に…】  きみさんち 田中

2020年08月11日 | きみさんち

今皆さんいかがお過ごしでしょう。コロナウィルス感染が東京都でまたまた猛威を振るいだし、収束どころか増える一方。
きみさんち利用者さんもスタッフも遠出が出来ない苛々とやるせなさに身を置きながら日々がんばっております。
関東はお盆も過ぎ、これから夏休みといった所でしょうが、今年はどうなることやら…。
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そんなことを考えながら6月のとある日。
夜勤をやっていたところ、なんと早朝に近くの公園から飛来したと思われる鴨が2羽、目の前を通る道路上に散歩する人に臆することなく闊歩していました。最初は珍しいのと可愛いのとで眺めながらホッコリしていましたが、なんと1羽がきみさんち玄関に入って行こうとしているではないですか!
まてまてまてぇ!鳥が持ち込むいやな病気もあることは知っていましたので申し訳ありませんがお引き取り下さいといわんばかりに追い払いましたが、これまた臆することなく私の目の前をピコピコ歩いて道路に戻っていったのです。
そんなほっこり時間もつかの間、利用者の皆さんが一斉に起きてこられ、いつしか鴨もどこかに去っていきました。
この時ほど鳥って自由で良いなと思ったのは言うまでもありません。
その後のこの2羽は飛来しておりませんが、人気の少ない公園の池で元気にしている事と思います。

11:49 | Posted by kimisanchi

【引き出され、引き継がれる記憶】  きみさんち 志寒

2020年07月13日 | きみさんち

ファイル 507-1.jpg ファイル 507-2.jpg 今年もらっきょうを漬ける季節になりました。
私がらっきょうの漬け方を教えて下さいとお見せすると、Aさんは根も皮もついた生らっきょうをさっさと下ごしらえしていきます。そのうち「あ~・・・これね、Kさんも上手なんだよね~、うん、Kさんも上手なんだよね~」と繰り返し始め、暗にKさんをうまく巻き込もうとし始めます。私はこういうしたたかなやりとりが大好きです。私がまな板と包丁をもう一組持ってくると、結果、Kさんも巻き込まれ、1キロのらっきょうはあっという間に漬け終わりました。
このらっきょう仕事、以前、スーパーで「これ、おいしいんだよ」と生らっきょうを買われたので、漬物つぼをお見せすると手際よく漬けられて以来、きみさんちの年中行事に加わりました。
当初はらっきょうなんていつ食べきれるやらと思っていたのですが、生から作られるらっきょう漬けは香りも歯ごたえもよく、一ヶ月もたたないうちに皆さん食べきられました。
体に染み付いたらっきょうを漬ける技術の記憶、きみさんちにいつから置いてあるのか分からない年季の入った漬物つぼが引き起こす記憶。そして新しく積み重なるきみさんち製のらっきょう漬けの味の記憶。たとえひとつひとつの記憶は忘れ去られたように思えても、それらがうまく出会い、絡み合いながら、らっきょう漬けの歴史は続いていくのだろうなと思います。

10:27 | Posted by kimisanchi

【今、出来ること】  きみさんち 金井

2020年05月26日 | きみさんち

日ごろの衣類の洗濯を純石鹸で始めた10年くらい前の話しです。子どものアレルギーで市販の洗剤が使えず、友人の勧めで昔ながらの純石鹸での洗濯を試すことにしました。
泥汚れもよく落ちるしで今では愛用品になっていますが、当時は石鹸をよく泡立てないと衣類に残ったりして面倒だなと思ったりもしていました。そんな時にいっしょに野菜を売っていた石鹸愛用の年配の女性に、何であなたは石鹸を使い続けているのですかと聞いてみたことがあります。
彼女が言った言葉は、少し過激なのですが「私は銃を持って困っている人を助けるため戦いに行くことはできないから、今自分に出来ることはやることにしている」というものでした。水質汚染など環境問題に常に敏感で熱く語る彼女らしい言葉でした。自分ひとりがやっていることに意味がないと思うのでなく、出来る事をひとりでもちゃんとしていくことが大切ということだと思います。

昨今ウイルス性肺炎のため、人との距離を保ちましょうなどいろいろなところで言われています。こんな時あの人なら自分が出来る事を迷わず貫いて行っているだろうと思います。
きみさんちのテレビでもよくニュースを見ていますが、見ていたAさんがポツリと「じゃあ、私達は出掛けなければいいのね」とつぶやいていました。さすが大正・昭和・平成・令和と時代を生き抜いてきた女性です。出来ることをすばやく判断されていました。

10:25 | Posted by kimisanchi

【ハミングの行方】  きみさんち 松林

2020年05月06日 | きみさんち

「んーんーんー、んーんーんー。んんんーんんんーんーんーんー」。
ある入居者さんの奏でるハミングの音です。
元々は、体操をしながらの掛け声「イチニーサンシー、ニーニーサン…」だったのですが、何時の間にか体操をしなくなり、ハミングだけが奏でられる様になりました。
では、どのタイミングでそのハミングが奏でられているのかと言いますと、常に、であります。
雑誌を読みながら、玉葱を切りながら、洗濯物を畳みながら、歩きながら、そして、食事を摂りながら、、、と、常になのです。
ご本人が普通にされている事ですので何も言えませんが、一日仕事を終えて帰宅し、子供をあやす時に「んーんーんー、んーんーんー」と、無意識にそのハミングを奏でている事があります。かなり脳内に浸透している様です。
そんな常なるハミングですが、聞かれない時があります。
寝ている時と、話をしている時。
そして、何か気に入らない事があった時には、ぶつぶつと文句を唱えているのです。
ですから、ハミングを奏でられている時は、健全な精神状態の時なのでしょう。
家に持ち帰るくらい、我慢致します。
そんな入居者さんが、ある夜、泣きながらスタッフルームを訪ねていらっしゃいました。
理由を伺うと、既に亡くなられている旦那さんですが、現在、病院に入院しているという思いになってしまったらしく、早く会いに行きたいと泣きながら訴えられています。
どんな病気なのか、何時から入院しているのかなど、一通り話を伺い、明日、朝一番に後見人の方に連絡をしますと話をしました。
すると、とても安心された様子で居室に戻って行かれました。
さて、その時、どうして安心されたと分かったのでしょうか。それは、もうお分かりでしょう。その後姿からハミングが聞こえてきたからです。
「んーんーんー、んーんーんー」
私は、その後姿を見届けながら、思わず笑ってしまい、笑いながら安心して夜勤の仕事に戻りました。
心の安定はとても大切なものですね。

10:21 | Posted by kimisanchi

【私事で申し訳ありませんが・・・】  きみさんち 田中

2020年04月07日 | きみさんち

新型コロナウイルスが猛威を振るっている最中、桜の便りもちらほら聞かれるようになりました。
この号が皆様のお手元に届く頃には、コロナ・インフル・ノロ等、流行病と称される物が休息に向かうことを祈りながら田中家では祖母が元気に100歳を迎えることが出来ました。
私がきみさんちで働き始め11年という月日が流れましたが、その中で関わりを持たせていただいたご入居者さんの中に100歳を迎えられた方が何名かいらっしゃいました。
その時は他人事のように「すごいね~」と言うばかりでまさか自分事になろうとは思ってもいませんでした。
100年の重み・・・
戦争で家族・友人をなくしたつらい過去がありました。
千葉の田舎から勝手分からず東京の祖父の元に嫁ぎ姑さんと折り合わず苦労したこともあった様子。
子供も嫡男が出来ず姑に嫌味を言われながら生活していた時期もあった様子。
私が生まれ、ハイハイしながら曾祖母の寝室に入り込みお腹の上に乗ってしまい散々嫌味を言われてえしまった事。(これは根に持たれたらしく、何度も話してくれています)
皆、祖母が私に積年の思いをぶつけるがごとく、食事やお茶を一緒に飲んでいる時に話してくれる事柄です。
「我が生涯に一辺の悔い無し」どこかで聞いた事があるような言葉ですが、何かやり残したと思うことがあるか祖母に尋ねたところ、お前に教えていくから何にもないと言い放ち、明日いなくなるからお前に教えとくとお寺のこと、ご先祖の供養の仕方、食べ物の味付け等、何度も何度も同じ事柄を説明してくる有様です。(笑)
明日いなくなるから・・・何十年前から聞いている言葉でしょうか?
もう耳たこだよと思いつつ一人また一人と自分の周りから居なくなってしまう友人達の代わりに家族である私がこれからも聞いてあげようと思います。
あと何年続くやら・・・・!

15:25 | Posted by kimisanchi

【違うリズムが、合わさって】  きみさんち 志寒

2020年03月13日 | きみさんち

私は小学校のころから、成績表の講評欄に“マイペース”とよく書かれていました。自身では別に人と違うようにありたいと思って、マイペースであるわけでもなく、ただ“他人と同じようにやりなさい”という場面になると、意識しすぎるのか、なんだか疲れ果ててしまうのです。
小学校入学のときなど、いわゆる知能検査的な意味合いだったと思うのですが、あまり説明も無く、事情も分からないまま、皆と同じテストをやらされ、ただでさえ緊張してしまっているのに、そのテスト問題のうち確か『下の絵にあるものとおなじなかまを○でえらびましょう』という問題にこたえられずに、そこから先へ進めず、検査に引っかかってしまいました。まあ、たとえば下の絵が「犬」ならば、「猫」「本」「鳥」「魚」のうち、猫に○をつければ良かったのでしょうが、私は『仲間であるかどうかなんて、それぞれに尋ねてみないとわからないだろうに、勝手にこちらが判断できるものではないだろう』と考え込んでしまったのを覚えています。
そんな私も、それなりに年を重ね、経験を重ね、ボロが出ない程度には、“他人と同じようにする”ことを覚えました。しかし、今でも、納得できるほどのたいした意味も無い同じ事を、自分がやらされるのも、他人がやらされているのも、生理的な拒否感が出てしまいます。
ファイル 491-1.jpgですので、きみさんちでも、入居者さんがてんでバラバラに、気ままに生活している様子が好きです。たとえば、ここに一枚の写真があります。『何だ、皆で同じ、食事の盛り付けをしているのではないか?』と思うかもしれません。もちろん、手前の男性が“我、関せず”と言うかのように、新聞を読んでいるのが目を引きますが、そのくせ、ちゃっかり自分の箸は用意しているのがたまりません。味噌汁を盛っているKさんは、自分の分はお椀でなく、マグカップによそっているのも興味深い。右側のAさんは基本、“皆と同じように”するのがお好きな方ですが、そのAさんもひとつだけ、種類の違う食器を用意しています。その奥のSさんは黙々とご飯をよそっているようで、しゃもじに付いたご飯粒をどうにかすることに集中しています。皆、ひとくせも、ふたくせもあり、マイペースです。それでも、たぶん、10分後には、皆、食事を始めているのでしょう。
てんでバラバラのリズムやメロディが集まって、それでも、なんだか楽しそうな音楽になっている。そんな不思議なマイペースな空間。そんな職場だからこそ、私も勤務が続いているのだろうなと思っています。

15:00 | Posted by kimisanchi

【前世は姉妹?】  きみさんち 金井

2020年02月24日 | きみさんち

Aさんは食事前にOさんの箸を自分のものと一緒に持ってきて下さったり、食欲がなさそうだと「もうちょっと食べな」と声をかけてくださったり、Oさんのことをよく気にかけて下さいます。体調が悪いと聞けば涙ぐみ、元気になったと聞けばうれし涙を流されます。
ある時、「Oさん、こんなに気にかけてもらえて幸せですね」とお話しすると、横にいたAさんがすかさず「そんなことないのよ、Oさんがいてくれるだけで私はうれしいんですもの」とわらっていらっしゃいました。
「いてくれるだけで、私は助けてもらっているんですよ」
Oさんもその言葉に照れていらっしゃいました。
いろいろな事情で同じ屋根の下、並んでテーブルにつく仲になられたお二人が、姉妹のように自然に過ごされていらっしゃることがうれしい新年のある日です。

09:12 | Posted by kimisanchi

【物を慈しむ心】  きみさんち 田中

2020年01月10日 | きみさんち

2年ほど前きみさんちをご退去されたOさん。
生前の彼女は花や人、動物などあらゆる物に対し、「可愛いね、綺麗だね」と賞賛をする方でした。
風で折れた枝や秋に公園でひろったどんぐりなどそっとポケットに忍ばせ、かわいそうだから植えてやったと、自室の横にある小さなお庭にせっせと土を掘り起こし植え込んでいる姿が今でも目に浮かびます。
神社の縁日ですくった金魚もえさをやりつつ、可愛いねと賞賛し、亡くなるとかわいそうだとお庭に埋め、墓作ってやったよと手を合わせる。
どんな物事にも慈しみ自愛に満ちた言葉が返ってきていました。
そんなOさんがあるとき何処からともなく拾ってきた椿の枝。
これもかわいそうだとお庭に埋めると見事に根がつきました。
それでも植えてから約4年の月日が流れOさんとお別れをした後に入る利用者のためにお庭を整理した時に捨てるかどうか迷いましたが、せっかく根がついたものを捨てるのはどうかとOさんの意思に沿わないのでは・・・と思い残すことに決めました。
ファイル 480-1.jpeg2019年12月花芽のついた枝にやっと見事なピンク色の花を咲かせ、道行く人の目の保養になっています。
天国で見ているOさんやっぱりそこでも「綺麗だな、見事だな、やっと咲いたのか」とぼやかれているのでしょうね。
本当に自愛に満ちる何事も敬意を表すOさんの精神を私も見習わねばと思う今日この頃です。

17:53 | Posted by kimisanchi

【背中の表情】  きみさんち 志寒

2019年12月18日 | きみさんち

夏も過ぎ、疲れからか、このところKさんはスランプになっています。
お得意の料理をしようとしても、記憶が続かず、スムーズに行程が進みません。
食材を選び、洗い、切り、火にかけ、調味する。その流れがひとつひとつ止まってしまい、作業が次につながらない。Kさん自身もそんな状況がいたたまれないのか、やるせない表情でその場を離れることが多くなってきました。

そんなときのKさんの気分転換が外出。特に外のベンチに座り、風の薫りや心地よい木漏れ日を味わい、ご近所の方との語らううちに、心のもやもやが晴れるのか、表情もすっきりと「どっこい、どっこい」などと呟きながら、何か自分に出来ることはないかと、台所に戻られます。

そんなベンチで過ごしているひととき、「あれはひどいねえ」とKさんが指差しました。
ファイル 472-1.jpeg ファイル 472-2.jpeg少し離れたゴミ集積所に、収集日でもない日に出されたゴミがあり、それにカラスが集まり、ゴミが道の真ん中にまで多量に散乱していました。
「やってきましょ」とやおら立ち上がると、Kさんは竹箒を手にゴミ集積所に向かいます。私もゴミ袋と竹箒を持って後を追います。

かくして10分後、見事にきれいになったゴミ集積所。Kさんは誰にそれを見せ付けるわけでもなく、満足げに竹箒を手に、ベンチに戻っていきます。
安堵しているような、誇らしいような、輝いているその無言の背中。そんな背中をKさんだけではなく、他の入居者さんからも、たくさん見てきたような気がします。そして、そんな背中があるうちは、まだまだ、まだまだ、大丈夫。たくさんの背中が教えてくれました。

さて、いま、私がきみさんちで働いているとき。私の背中は、どんな表情をしているのでしょうか。

08:07 | Posted by kimisanchi

【男の子ですよ】  きみさんち 松林

2019年11月30日 | きみさんち

私事ですが、きみさんちに来て10年が経ちました。
何も知らずに飛び込んだこの業界で、年数だけはいつの間にかベテランになってしまいましたので、仕事もベテランの域に達すべく、これからも精進して参ります。
もうひとつ私事を言いますと、10月に父親になりました。
勤続10年目にして父親になるという、記念すべき令和元年となりました。
関係者の皆様には、感謝の言葉しかありません。今後とも宜しくお願い致します。

きみさんちのリビングにて。
「この写真見て下さい、私の子供です。この間生まれたんですよ」
「あらあらあら~、なんて可愛いんでしょう。いつ生まれたの?」
10月3日に生まれたばかりの子供の写真を入居者さんにお見せしたところ、私の手から写真を奪い取って、満面の笑みを浮かべて下さいました。
「男の子?女の子?」「男の子です」「しっかりしたお顔をしてるから、そうかなと思ったけど、寝ながら笑って、女の子みたいに可愛いわね」「ありがとうございます」
「いつ生まれたの?」「10月3日です」「可愛いわね~。男の子?女の子?」「男の子です」
そんなやり取りが聞こえたらしく、傍で悶々と過ごしていた入居者さんが「何?どうしたの?」とこちらを気にされたところ、先の入居者さんが「お子さんが生まれたんですって」と、私から奪い取った写真をその方に手渡しました。「え~!あんたの子供なの?本当に?可愛いね~」と仰って、悶々としていた眉間の皺が無くなり、破顔されていました。

今年3月に、妻が妊娠しているのを知らされた時は、本当に驚きました。
結婚しているわけですから、そうなっても当然なのですが、年齢的なことや妻の身体の事情などがあったために、そうなる事を思ってもいませんでした。
そして次に、毎日の不摂生な生活や高齢であるという事が、無事な出産に繋がらないのではないかという思いがありました。
しかし、命の話。人生の話です。
沢山話をして、色々調べて、悩んで、その結果、運を天に任せる事にしたのです。

日毎に大きくなってくる妻のお腹を労わりながら、どんな子供が生まれるだろうか、立派な親になれるだろうかなど、不安と希望を胸に抱いて出産当日までの毎日を過ごしました。

その結果、元気な男の子が誕生したのです。

20年か30年後の老後を迎えるまで、夫婦二人で慎ましく暮らして行くものだとばかり思っていましたが、子供を養い育てて行くという人生が始まろうとは、想像を絶するばかりです。
経験や知識は勿論ありませんので、不安ばかりが襲ってきますが、恐れていては何も始まらないし、子供は育ちません。そして、親として成長はしませんね。
不安の先には必ず光が見える筈。そう信じてこれからの人生を楽しんで行こうと思っています。
そして、現在、生まれてから一月が経ちましたが、忙しく楽しい、大変で喜ばしい日々を送っています。
人生は、いつ何が起こるか分かりません。だから、面白いのかもしれないですね。

ファイル 469-1.jpegファイル 469-2.jpeg
写真の行方は、先の入居者さんの手に戻り「本当に可愛いね~。食べちゃいたいくらい。」
「そうはさせません(笑)」
「いつ生まれたの?」「10月の3日ですよ」
「男の子?女の子?」

08:41 | Posted by kimisanchi