log

【ちょっと寄り道】  きみさんち 田中

2022年11月30日 | きみさんち

先日、夜勤出勤時あまりにも早く武蔵関についてしまったため、きみさんち近くにある武蔵関公園まで時間つぶしのため足を伸ばしました。
溜池の周りにはベンチがたくさんあり、その一つで缶コーヒーを飲みながら時間をつぶしていますと、通りかかったお婆さんが、良い天気ですねと声をかけてくれました。
その方はご近所に住んでいる方のようで、昔話を話してくれていましたが、娘さんであろう女性の方が来られ、「お母さんかってにいかないでって言ってるでしょ」と、言いながら、その女性を連れて帰ろうとしました。「ごめんなさいね、変な事言っていなかった?もう認知症が進んでいて、道もわからなくなるのに・・・」と、ぼやきながらお母さんの手を引き、帰って行かれました。仕事柄、そんなに言わなくても大丈夫なのになと思いつつ、ふと、きみさんちの事を考えていました。何も集団でいるからといって、他人に合わせなくても良いきみさんちでの時間の流れって、とても大切なものなんだなと。
きみさんちに新しく入られたFさんは、きみさんちに来る以前の利用施設で、時間の決められた生活を送っていたのでしょう。所々で「前のとこはこうだった」と仰ったり、何かを使おうとすると、「これ勝手にもっていって良いんですか?」と聞いてくる事があります。
生活の習慣は、すぐに変わるものではないのかもしれませんが、もっと自由に時間や物を使っていただける声かけや環境作りが必要なんだなと、改めて思いました。
公園には色々な人がいます。ランニングをしている人、ベンチで読書をしている人。
みんな違ってそれで良い。公園でのひと時で仕事を振り返ることが出来た、2022年の秋でした。

17:05 | Posted by kimisanchi

【それぞれのマイウェイ】  きみさんち 志寒

2022年10月31日 | きみさんち

きみさんちでは入居者さんはそれぞれ思い思いに家事をなさっていますが、背負ってきた人生が違う分、おのおののやり方が違います。茶碗を洗うなら、一つ一つ食器を洗ってはゆすぐか、全て洗ってから一度にゆすぐか。服も洋服たたみをするか、袖たたみにするか。たとえば、ナスの味噌炒めなら輪切りにするか、乱切りにするか、短冊に切るか。それぞれご本人としては当たり前のことなので、自分こそがスタンダードなやり方だと思ってらっしゃるわけですが、そこは亀の甲より年の功。「あら、あなた、そんなことするの?」「へぇ~、勉強になったわ」と、やんわりと違和感を主張するわけです。
傍で見ている私もそれぞれのやり方、しぐさが興味深く『この切り方だとナスが油を吸って柔らかいからお好きなのかな?』などと想像しながら楽しんでいます。たいていはこちらの想像の範囲内での違いなのですが、中には驚くものものあります。私がきみさんちに入った頃は、洗濯物は洗いあがって濡れたものを一度、全て畳んでから干していました。なんでも、しわにならないからとか。ベランダの洗濯機から濡れた重い洗濯物を居間に持って来て、真剣な形相で畳んだと思ったら、またベランダにそれを干しにいく。かなりの手間なのですが、さもみなが当然のこととしてやっていました。また、秋になると思い出すのが、男性のKさん。秋刀魚を焼くとき、目を菜箸でくり貫き、魚体全体を折り曲げて、そこに尾を通して輪っか状にするのです。見た目は正に秋刀魚のドーナツなのですが、Kさんいわく、こうして焼くと食べるとき身離れが良くなるからだとか。確か宮城県にいらしたことがあったと思いますが、秋刀魚の有名どころならではなのでしょうか?
さて、若い入居者さんのNさんが階段をモップで掃いていたのですが、右端から真ん中まで掃き、今度は左端から真ん中まで掃き。最後に真ん中に集めたゴミを下段に掃き降ろす。なかなかの拘りっぷりですが、なんだか酷くデジャブーを感じました。そしてふと気が付きました。学校の掃除の時間にこの方法を習った覚えがあります。実はNさんと私は同世代。もしかして、これは同世代ならではなのでしょうか?
人は十人十色、家事も十人十色ですね。

17:19 | Posted by kimisanchi

【なぜ介護を選びましたか?】  きみさんち ラン

2022年09月30日 | きみさんち

こんにちは。
はじめまして。私の名前はランです。きみさんちで働いてちょうど5ヶ月になりました。前職はお惣菜屋さんで働きました。実習生制度終了後、帰国して両親の営業を手伝おうと思っていましたが、一緒に日本へ来た友達のアドバイスを聞いてから、介護職に興味を持ちまして、短期間でN3の日本語能力証明書と介護特定技能外国人の証明書を受けて、介護職を応募しました。そして、きみさんちの面接を受けて、林田社長に「きみさんちで働きたい」という思いを伝えました。
しかしこの理由だけではありません。ご存知無いかもしれませんが、ベトナムの平均結婚年齢は25~26歳です。私は今年ちょうど25歳になりましたので、親から「あなた帰って、結婚しなさい」などの発言が多くてちょっと怖かったのです。
将来は誰にもわからないですが、私は日本語の能力を高めて、日本にもっと長くいて、きみさんちの皆様と一緒に頑張りたいと思います。

11:48 | Posted by kimisanchi

【誕生日】  きみさんち 松林

2022年08月31日 | きみさんち

8月は、私の誕生日の月であります。
周りは、おめでとうと言ってくれますが、50歳も後半に差し掛かると、おめでとうの言葉が、もうそんな年なんだね、もうすぐ還暦なんだねと言っている様に聞こえて、落ち込んでしまいます。
と言うのはオーバーですが、ここまで生きてこられた事には、諸手を挙げての感謝の気持ちが止みません。
そして、8月は、入居者Kさんの誕生日もあり、毎年、色々な所に出掛けました。
誕生日に食べたい物を伺うと、天麩羅が食べたいと仰るので、池袋東武デパート上階にある天麩羅屋さんに出掛けたり、とんかつが食べたいと仰り、新宿のとんかつ屋さんに出掛けたりしました。
8月10日は、毎年晴天に恵まれ、とても暑く、浅草に出掛けた時に食べたソフトクリームは、みるみるうちに溶けてしまい、Kさんの手をべとべとにしてしまいました。Kさんは、もったないからとその手を舐め始めて、二人で大笑いしたのを思い出します。
異常な猛暑日の時があり、流石に日にちをずらした事もありましたが、やはり、誕生日の日にお出掛けをして頂きたいと思い、暑い中、お祝いのお出掛けをしました。
目当ての場所まで歩いている途中、少し休もうかと声を掛けると、「せっかくお宅が誘ってくれたんだから」と、泣ける様な事を言い、球の様な汗を額に浮かべながら歩いてくれた事もありました。目的地に到着すると、出された水を一気に飲んで、「あ~、美味しい。さて、出掛けようか」と、いつものKさんの言葉で笑わせて頂きました。
そして、帰宅後は、ケーキとプレゼントでお祝いをするのですが、毎回、「こんなに贅沢なものどうしたの?」「Kさんの誕生日だから」「あぁそうなの?」「○○歳ですね」「へ~、そんなになるの?」と、他人事の様に仰って、ケーキに舌鼓を打っていました。
そんなKさんは、5月9日に91歳で人生の幕を閉じられ、今年の誕生日をお祝いする事が叶わなくなりました。非常に残念ですが、Kさんからは、笑いと感動を沢山頂きました。
感謝の思いでいっぱいです。
ですので、これから毎年8月10日は、Kさんを偲び、誕生日を祝う日としたいと思います。
そして、自分の誕生日を忘れてしまうかもしれません。「へ~、そうだったの?」って。

11:00 | Posted by kimisanchi

【3年目のきみさんち】  きみさんち 田中

2022年07月31日 | きみさんち

コロナ感染が流行し、緊急事態宣言が発令され、3年目に入りやっと解除された物の、また、増加の一途を辿っている状態です。
マスク着用も義務づけられているわけではありませんが、取るのが怖いと言った現状が続き、遠くに外出したり、楽しみのため外に出て行く機会が減少しています。
それでも、外気に触れることは精神的にも身体的にも必要であり、また歩行能力の維持にも必要不可欠になってきています。
ファイル 618-1.pngファイル 618-2.png
幸いきみさんちでは感染する人こそ出てはいませんが、この3年と言う外出ブランクが持てる力を発揮するにはとても困難な状況になっており、以前にも増し見守りが必要となってきている現状があります。
それでも、利用者さんの笑顔と笑い声を聞くたびに、今皆さんが持っている力、そしてその笑顔を見守りつつ日々生活を皆さんと共に過ごしています。
この3年間で、3名の方がご退去され、7月現在1名新しくご入居され、また下旬にはもう1名ご入居を予定している方がいらっしゃいます。
どちらの方も、きみさんちの生活が始まり本当に良かったと思って頂ける様、コロナと言う病に負けないような環境を整えていけたらと思っています。

10:55 | Posted by kimisanchi

【どくだみに誘われて】  きみさんち 志寒

2022年06月30日 | きみさんち

ファイル 615-1.jpegこの二年間、コロナ禍のため、ご入居者さんに買い物を控えていただいていました。その代わりに、じっくりとスーパーのチラシを見ながらあれこれと頭を悩ませ、ご自分で買い物内容を決める『買い物会議』を丁寧に行っています。チラシの特売品からも季節を感じておられ「らっきょうが出てるよ」「枇杷がきれいだね」と、お話も盛り上がります。
その買い物会議中、Tさんが「じゃあ行かなきゃ」「バスのところに」と慌て始めました。どうやら、帰らなきゃいけないという気持ちに切り替わったようです。
おそらく『買い物=お金を使う=私はお金がない=ここにいられない』とつながってしまったのかもしれません。不安そうに立ち上がったTさん。敢えて誤解であることを説得しようとせず、様子を見ていると外に出られました。
外に出たところでどう行っていいものやら戸惑っておられましたが、神社の境内にある枇杷が見事に実をつけているのに気が付いたようです。枇杷の方に歩み寄り、鮮やかなたわわな実を眺めています。そしてなにやら境内に手を伸ばしはじめました。枇杷を拾っているのかと思いきや、手には白い花がついたどくだみが。
そして摘んだどくだみを自分の杖に飾っていきます。
しばらく後、帰らなきゃという気持ちは、『手が臭い』という気持ちにすり替わり、手の匂いを嗅いで「臭い!」と笑顔になられたTさん。少し外に居たいという気持ちになられたのか、ベンチでしばし日光浴。その気持ちが続いたまま、マスクをつけて買い物に行かれました。
外に出ることの良い影響を、改めて感じました。

10:36 | Posted by kimisanchi

【これからとこれまでの色んなこと】  きみさんち 松林

2022年05月31日 | きみさんち

息子が2歳半を過ぎて、色んな事が出来る様になり、面白い時期になっている様に思います。
泣く時に自分の欲求を訴える様になりました。
歌が歌える様になりなりましたが、何故か『赤とんぼ』の3番と4番を歌っています。
勝手にテレビを点けて、YouTubuを観ています。
こうしてどんどん成長して、学校に通う様になり、友達が出来たり、気になる女の子が出来たり、勉強に頭を悩ませたり、音楽や映画など興味のあるものが増えたりと、世界が広がって行き、自分の人生を築いて行くのでしょうね。
そんな、これからの息子の人生に於ける出来事を、これまでの私自身の人生の出来事に重ね合わせて想像すると、それは、途轍もなく長い年月なんだと思います。
私には過ぎてしまった年月ですが、息子にとってはこれからの年月。どんな未来が待っているのでしょうか?ワクワクしながら生きていって欲しいと思います。
息子への希望が多く、忘れてしまいそうになりましたが、勿論、私にもこれからの人生が待っています。
仕事はどうなっているのか、定年まで続くのか、定年後は何をやっているのか、趣味は増えているのか、友人は生きているのか、、、。
息子のこれからに比べると輝きが全くありませんが、きみさんちの入居者さん達を見て思う事は、80代や90代の皆さんにも、それぞれの輝かしいこれまでが確かにあったのだろうという事です。
今ではきみさんちで生活をされていますが、思い出話の時に見せてくれる誇らしげな笑顔や張りのある声に触れると、これまで逞しく生きて来られたんだなと感じて、私のこれからにも希望が湧いてくる気がします。
そして、入居者さん達は、まだまだ続く人生のこれからを、きみさんちで逞しく過ごしていらっしゃいます。
そんな先輩達の様な長い長いこれからになるかどうかは分かりませんが、今という時間をしっかり見据えて、私のこれからと家族のこれからを、精一杯生きていこうと思います。

10:35 | Posted by kimisanchi

【憂い、今後の行く末】  きみさんち 田中

2022年04月30日 | きみさんち

そういえば遠出してないなー…!!
ある時の夜勤で、きみさんちのアルバムを眺めふと思った。
コロナ前のきみさんちでは毎年のように皆でどこかに出かけていた。
精進湖湖畔の宿へ1泊旅行。秩父までぶどう狩り。横浜に出向き中華街でお食事等々・・・。
コロナの波に抗えず、自粛自粛の2年間、そして今年で3年目である。
巷で流れるニュースも暗い話題が多い中、唯一ホッとさせてくれるのが春の便り、桜の話題が出てくれた事か。
この原稿をかいている時はまだ4月だと言うのに、もうすでに台風1号が日本の横を通過、小笠原諸島を直撃している。
きみさんちの皆さんはこの3年間で大きく体調を崩す人もおらず元気なのだが、なにせこのご時世、バスに乗ったり電車に乗り遠出をすることが難しい。
皆さんの元気が空回りしているように見えてしまう。
何とかしないと…と思ってみても外は雨だったりして手付かずの花壇に雑草が生い茂っている。
地球の今後はどうなって行くのだろう。コロナは休息に向かうのだろうか?
憂いていても仕方ないので、出来る事をこつこつときみさんちの皆さんと一緒に模索しようと思う今日この頃なのです。

10:30 | Posted by kimisanchi

【芽吹きのとき】 きみさんち 志寒

2022年03月31日 | きみさんち

「え~、できないよぉ」とTさんは仰います。しかし、台所まで来ていただき、実際にごぼうと包丁を手にとってもらうと、自然に包丁の背で皮をこそげ始めました。身体で覚えた動作は認知症が進行しても覚えていることが多いと言われています。料理はその代表的なものです。ですが、やり通せるか自信が無かったり、作業を頭の中で構成することが難しかったり、調理をスタートする踏ん切りがつかなかったりと、尻込みして動けなくなってしまうこともしばしば。そんな時にはどんな言葉を掛けるよりも、食材を手に取り、具体的な手がかりを感じてもらうのが良いきっかけになることが多いようです。
ファイル 605-1.jpg特に、ごぼうは皮をこそげた後ささがきにする、じゃが芋は洗うと皮をむき芽を取る、キュウリは小口切りにして塩で揉むなど、食材によって特有のお馴染みの動作が呼び起こされることがあります。そうして呼び起こされた動作の流れは止まることなく、ごぼうのささがきなら金平ごぼうに、キュウリの塩もみなら酢の物にと、少しのヒントと手助けで完成までたどり着いたときの、入居者さんの晴れ晴れとした表情にこちらも笑顔を誘われます。
ちょっとしたきっかけを手がかりに、次々と巧みな手作業が引き出されていく。それはまるで春先の芽生えから枝葉や花が生まれていく、そんな瞬間です。

09:04 | Posted by kimisanchi

【ザッピング】 きみさんち 松林

2022年02月28日 | きみさんち

『昨日は良いお天気でしたが、今日はどうでしょう。それでは、各地の天気予報を伝えてもらいましょう』
きみさんちの居間にあるテレビは、スタッフルームに背中を向けているため、そこで事務作業をしてると、映像は見えずに音声のみ聞こえてきます。
どうやら、居眠りから覚めたMさんが、リモコンを使ってテレビの電源を入れたようです。
『西日本は概ね晴れますが、東日本は、、、』 『、、、んな目にあっても僕はあの人が、、、』 『、、、クリームがこんなに乗って、美味しそうな、、、』 『ザーーーーー』
観たい番組が決まらずに、チャンネルを変えているようですが、スタッフルームには中途半端な音声情報しか聞こえて来ないため、気になって気になって、デスクワークに集中できません。
関東地方の天気は?ドラマなのかな、あの人が何?クリーム沢山の美味しそうな物は何?修行が足りないのは自覚していますが、そればかりでは無いと思います。
最後の『ザーーーーー』は、未登録のチャンネルか入力切替ボタンを押したみたいです。
そして、『ザーーーーー』が暫く続くと、「すみません、テレビがおかしくなっちゃったみたいよ」と、助けを求められます。
それを期に、さっきまでの途中番組を探してみますが、時既に遅く、天気予報はニュースに変わり、気になるあの人はCMに変わり、美味しそうな何やらは露天風呂に変わっていました。
「映るようになりましたよ。お好きな番組を観て下さい」リモコンを手渡すと「ありがとう」と言って、再度、チャンネルのザッピングをされています。
お気に入りの番組が無かった様で、暫くすると、リモコンでテレビの電源を切って、テーブルに額を付けて寝てしまいました。
そっとしておきますか、と思ったのと同時に、リモコンを使いこなしている事に、少々の驚きを感じたのです。
今となっては、日常の当たり前の行動ですが、高齢の入居者さんにもリモコンの操作というものが浸透しているん
だなぁと思いながら、ブラウン管じゃないから、ダイヤル式のチャンネルが無いから、アンテナが無いから、テレビ
じゃないなんていう認識は、もう無いんだなぁと、今更ながら気付いたのです。
テレビがリモコンで操作出来る様になって随分経ちますから、当たり前と言えばそうなんですけど、テレビの普及率と順応性の高さに改めて感心させられました。
何故なら、私は、時々言ってしまう一言があります。
「チャンネル回してよ」って。

08:58 | Posted by kimisanchi

【季節の節目を皆さんと】  きみさんち 田中

2022年01月31日 | きみさんち

ファイル 598-1.png

新年、明けましておめでとうございます。
寒さも一段と厳しくなりましたが、皆さんお元気でしょうか??
きみさんちでは毎年恒例のおせち料理を食べながら駅伝を楽しみ、普段と変わらぬお正月を迎えることができました。
お正月といえば、こたつに潜りみかんを食べながら届いた年賀状を振り分け手渡すというのが田中家では定番の1日の過ごし方でした。
きみさんちの皆さんはどうでしょう?
駅伝を見ながらご飯の準備はまだかしらと心配するMさん。歌詞本を片手に歌を歌っているAさん。お部屋で過ごされたKさんOさん。正月だというのに台所仕事に勤しむTさん。
5人5色、色々な過し方をされております。
ご飯はと言うとやっぱりおせち料理。年末から皆さんと何が食べたいか、おせち料理は何をいれるか考え材料を購入。手作りできる物は作り食べています。
おせち料理人気NO1は栗きんとん・黒豆といった甘いもの。これは皆さんお好きなようで、目前に出されると一番最初に食べて無くなってしまいます。
後は食べやすいものであるかどうか皆さんの食べ具合をスタッフが見極めながらお出しします。そう言えば、食の細いMさんも味付けがいつもと違うためかあまり残している様子がなかったなぁ!などと思いつつ、2022年の幕が明けたきみさんちでありました。
皆様本年もよろしくお願いいたします。

11:18 | Posted by kimisanchi

【心をこめた贈り物】  きみさんち 志寒

2021年12月31日 | きみさんち

緊急事態宣言の間、外出されない入居者さんをご近所の皆さんが気に掛けて下さり、このところ果物や野菜などを頂くことが幾度かありました。まことにありがとうございます。
先日、国産のキウィを『よく熟れてから食べてください』と頂きました。食器棚に置いて熟すのを待っていたのです
が、Aさんがそのキウィを見つけて持ってきました。慣れた手つきでスルスルと皮を剥くと、一切れ食べて「まだ酸っぱいわね」と。そして、残りの分をBさんに「これ良かったら。まだ酸っぱいんだけどね」と渡されました。その手渡されたキウィを一口食べて、Bさんも「酸っぱいねぇ」と笑顔。
しばらくして、再びAさんがキウィを持ってきました。先ほどのことは忘れたのでしょう。また皮を剥き「酸っぱいね」と。そして再びBさんに残りを手渡そうとしたところ、Bさんは先ほどの事を覚えておられたのでしょう。「まだあるから!」と皿に残るキウィを指し示しました。それでもAさんは「遠慮しないで」と皿に追加。
このように物を交換したり、やり取りしたりするのは、人類の本質的な行為であると聞いたことがあります。Aさんとて空腹であるといったわけではなく、自分の見つけた収穫を分かち合いたいという気持ちなのだと思います。とても心和むやりとりです。キウィが極めて酸っぱいのをのぞけば。
そう思いながら眺めていると、なんとAさんがまたキウィを剥いています。しかも今度は二つ同時に。それを見てBさんが目を見開いています。そしてAさんが皮を剥き終わりBさんの方を見るや否や、Bさんはなんと「あ!あのお兄さんにもあげましょうよ!」と私の方を指し示しました。今度は私がピンチです。するとAさん、ナイスプレイ!「たくさんあったのよ、あの人の分もあるから、まずはあなたから」とBさんの皿に再び追加しました。
その隙に私はこっそり残りのキウィを隠します。「甘い紅茶でもいかがですか?」とお口直しをおすすめしながら。ごゆるりとお楽しみ下さい。

10:49 | Posted by kimisanchi

【幻覚と介護職】  きみさんち 松林

2021年11月30日 | きみさんち

「○○さんの幻覚や幻聴って、実は、本当に見えていたり聞こえていたりしないんでしょうか?」
一緒に働いている派遣社員さんからの質問でした。

入居者○○さんの生活記録には、
「あの人に連れて行かれそうになった」と、誰もいない廊下を指差している。
というものや、
「女の人の声で待っててと言われたから」と、階段途中で立ち止まっている。
というものがあって、それを読んでの疑問だったらしいのです。

「それは本人にしか分からないですね」と答えるしかありませんでした。
しかし、私は超常現象否定派ではないので、「でも、我々が見えたり聞こえたりしないから幻覚や幻聴だと片付けてしまうのも一方的な気もしますよね」と続けました。
すると「そうなんですよね、僕には霊感は無いんですが、知り合いにはそういうのを感じる人が居るんですよ。だから、○○さんも幻覚じゃない可能性もありますよね」と、派遣社員さん。
なので、「もしもそんな能力が私達に備わっていたら、幻覚かそうでないか分かりますし、その対処法も変わってくるかもしれないですね。少し羨ましいですね」と、その話題を終わらせました。
終わらせたのですが、何か釈然としないものが胸に残った状態になりました。

そして、後日、「あそこに猫が居るけど何処から来たのかな」と、スタッフルームの方を指差す入居者○○さん。
「何処からですかね?近所に住み着いている野良ちゃんかな。玄関開けておけば出て行くかな」と、席を立って玄関のドアを開けると「あ~、出てった出てった。可愛かったな」と見えない猫を見送る入居者○○さん。

その瞬間、先の釈然としない思いがどうしてなのかが分かった気がしました。

我々介護職は、入居者さんの言動を全面的に否定する事は、基本的にしません。
何故なら、入居者さんにとっての言動は、殆どが現実だから、それを否定するという事は、入居者さん自体を否定する事になるからです。(※)

だから、幻覚や幻聴の言動には、本当に見えたり聞こえていたりしていると考えて対応するものであり、今までもそうしてきたつもりです。
だから、我々に特別な能力が備わっていてもいなくても、対処法は変わらない筈なのです。
だから、特別な能力を羨ましいと思うのは、ナンセンスな表現だったのです。
釈然としなかった思いが腑に落ちた感覚でした。
めでたし、めでたし。

いやいや、本当にそうでしょうか?
もうひとつ、釈然としない思いがありました。
誰も居ない筈の廊下に人が立っていたら?
階段の途中で女の人の声が聞こえたら?
そんな能力が備わっていたとしたら、対処の仕方が変わるどころか、対処すら出来ずに、一目散に逃げちゃうかもしれないですね。

(※)他にも入居者さんが居る場合は、対応が変わる場合があります。

08:49 | Posted by kimisanchi

【1世紀生きている高齢者のつぶやき】  きみさんち 田中

2021年10月31日 | きみさんち

うちの祖母が一言。
「長生きってするもんじゃないね」
どうしてと聞くと淋しいじゃないかと神妙な面持ちで話してくる。
兄弟(姉妹)も娘も皆いなくなっちゃうじゃない、淋しいと。
今はどうなのと聞き返すと「・・・・・」言葉に詰まる。
デイケアに今現在通っているが、そのとても仲が良かった人がつい最近お亡くなりになったらしい。そんな事も落ち込みの原因なのじゃないかと思う。
全国ひきこもり状態が続いていたため、外での状況が全く掴めず、ふと気がつくと周りにいた自分より歳が低い親友が次々といなくなり、孤独感で一杯、と言うよりも自分だけ取り残された感が強いように感じる。
巷では、独居老人の孤独死などが問題視されているが、一人でなくとも、家族がいたとしても歳をとると淋しい思いをするものなんだなと思いました。
今まで出来ていた事が出来なくなる不安。人の手を借りてまで何かをしなくてはいけない自分、かえって足手まといなんじゃ・・・と言う不安。
不安だらけの中生活していたらやはりそう思うしかなくなってしまうのだろう。
大正・昭和・平成・令和と生き抜いている人の「長生きってするもんじゃないね」と言う言葉の重み。今現在きみさんちで新しくご入居されたMさんの
「ここに来てあなたに会えてよかった。だって一人は淋しいんだもの」と言う言葉と重ねるとこの文章を綴っている自分でさえ心に刺さるものがある。
長生きが良いのか悪いのか私には分からない。心理学者でもなければ医者でもない。
何が今の祖母にとって良いのか悪いのか、きみさんちの理念を参考に考えていきたいと思う。

12:08 | Posted by kimisanchi

【大根のリレー】  きみさんち 志寒

2021年10月10日 | きみさんち

ファイル 578-1.jpeg「さあて、油炒めにしようかね」大根を野菜室から取り出し、Kさんが張り切っておられます。醤油と砂糖でこってりと味付けをした大根の油炒めは、Kさんの得意料理でもあり、大好物です。油炒めにするときには皮を剥かないのがKさん流。そして包丁を持ち「このまま千六本に切るんだよ」と。恥ずかしながらあまり千六本という言葉が耳慣れなかった私。気になったのは千六本ってなんだろうということ。「Kさん、千六本って何で言うんだろうね?」「さぁ、昔から言うんだよ」「千切りってあるじゃない。じゃあ、あとの六本はどこから来たんだろう?」と私。「よけいな六本、食べちゃえば良いんだよ」とKさん。
さて、その語源を調べると千六本は“繊蘿蔔(せんろふ)”であり、中国から渡ってきた言葉とのこと。繊は繊維に沿って細く切る調理法。蘿蔔とは大根のことを指すそうです。つまり、千六本(繊蘿蔔)は細く切った大根そのもの。それがいつの間にか、繊維に沿った細切りをそう呼ぶようになったようです。大根の栽培種は中央アジア原産。その大根が世界中に広まる中で中国に渡り、奈良時代に日本に入ってきたらしいのですが、きっとその中で繊維に沿った細切りは歯ごたえもあっておいしいとなり、繊蘿蔔という大根専用の言葉ができ、それを現代の日本のおばあちゃん、Kさんが「千六本にすると美味しいよ!」と話している。
とても厳かのような、不思議なような気分になります。
千六本が耳慣れなかった私、中央アジア~中国~奈良時代の日本~そしてKさん。
こうして大根の伝統がリレーされました。そういえば、ここは練馬大根で有名な土地。そのリレーは運命だったのでしょうか。

06:20 | Posted by kimisanchi