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【3月のある日、夜勤明けで帰る時にこんな光景を見ました】 福田

2010年06月23日 | のんびり家

4、5歳くらいの子供が自転車に乗る練習をしていました。あと1歩で乗れそうな様子でした。
私は、小学校2年の終わりまで自転車の乗る事ができませんでした。
小学校2年と言えば、ほとんどの友達は自転車の乗る事が出来ます。公園に行く時や友達の家に行く時は自転車は必需品です。そんな中、私だけ自転車に乗る事が出来なかったのですが、友達は「私、自転車押して行くから一緒にあるこう」と言って歩いてくれたり、時には二人乗り(駄目ですね…)をしたり、時には「先に行って待っているよ」と歩いてくる私を先に行って待っていてくれる事もありました。
そんな私に早く自転車デビューをさせようと、必死だったのは親と親戚です。親と親戚が教えるとなるとどうしても感情的になってしまい、泣きまくる私を「これでもか!」と言うくらい厳しい言葉を浴びせます。そうなると自転車に乗れない+怒られるでますます嫌になってきます。
ある時は数名の友達が自転車に乗れるようにと私に教えてくれました。転ぶ事が怖い私に怖くない乗り方など、あれこれ優しく教えてくれましたが応える事が出来ませんでした。
まぁ、自転車なんて乗れなくても良いか、と思っていたある日。今は亡き弟が颯爽と自転車に乗り「乗れたよ~」と私の目の前を通り過ぎました。
その時、とっても悔しい気持ちでいっぱいになり、親戚から教わった「坂道で練習すると乗れるようになる」という言葉を思い出しいざ坂道へ。あの時は転ぶ事も怖くなく、ただ3歳年下(当時5歳)の弟に先を越された悔しさだけがいっぱいでした。
坂道を下ること数十回。何回目かは忘れましたが気がつくとペダルを漕ぐことができ遅咲きの自転車デビューを果たしました。
有する能力に応じた支援を日々行っていますが、この経験こそ『有する能力に応じた支援』だったのかな、とふと思い出しました。
最近、以前より長い距離を歩けなくなってきている入居者さん、いろんな事に対し認識力が低下してきている入居者さんに対し、自分が支えてきてもらって出来た事を思い出してみようと思った出来事でした。

01:12 | Posted by admin

【マナーについて】 松林

2010年06月22日 | きみさんち

電車に乗っていると誰かの着メロが鳴り出しました。20代と思える女性の携帯電話だったようで、「うん、大丈夫、電車ん中だからヒマ」と言って電話に出て話し始めました。
電車の騒音で電話が遠いのでしょう、結構、大きな声で話しています。よく見ると座っているのは優先席。少し離れた扉の所に杖をついたオジサンが立っています。周りの人たちは見てみぬ振り、聞いて聞かぬ振り------。
こんな状況に遭遇したらどうでしょう?電車内での携帯電話、ましてや優先席での使用であることを注意できるでしょうか。
電車内のアナウンスで、携帯電話の使用云々が流れていますが、このアナウンス、聞いている人はいるのでしょうか? BGMのように聞き流されていませんか。
BGMと言えば、最近ではあまり聞かれる事のなくなった、ヘッドフォンからの音洩れ。聴きたくもない音楽を聞かされている迷惑感があります。どうして洩れてくる音はあんなに神経を逆撫でするのでしょうか?
罪のない迷惑は、電車内で騒いでいる小さな子供たち。狭い電車内で飽きてしまうのは仕方ないなぁと我慢していますが、親の叱り方の方が気になってしまいます。「騒いでいたら、あそこのおじさんに怒られるわよ!」あなたが怒りなさい、と言いたい。
路上では、歩きながらの喫煙がまだまだ見かけられます。
喫煙できる飲食店が減っている事もあるとは思いますが、喫煙できる場所も増えているように思います。どうしてそこまでの我慢というか迷惑を考えないのでしょうか?
携帯電話に話は戻りますが、歩きながら、自転車に乗りながら使っている人を多く見かけます。こちらとぶつかりそうになるギリギリまで携帯を見ています。
もしも私の視力が低下していたらどうでしょう。こちらは避ける事が出来ませんから注意のしようがありません。
マナーって人を思いやる事。他人の事を想像して、やらないように、またやっておく様にする事だと思うのですがどうでしょう。
先生に言われたから、アナウンスで流れているから、他人に怒られるから、そんな理由でやるものではないですね。その時は怒られるからマナーを守ったとしても、どうしてそれがマナーとして言われているのか、色々想像して考える事がもっとも大事だと思います。
どうして歩きタバコはいけないのか。
電車内で騒いだら誰に迷惑なのか。
優先席での携帯電話は何故電源を切らなければいけないのか。
BGMのように聞き流されがちな車内アナウンスですが、もう一度よく聞いてみてください。こんなにマナーについて言っているんだと感心しますよ。
ヘッドフォンで耳を塞ぎ、携帯電話に視線を落し意識はメールの中。個人を守るのも大事ですが、同じ人間同士、近くにいる人に思いやりをもって、もう少し周りを見ながら行けないかなあと、いつも感じています。

23:26 | Posted by admin

【グット デイ】 お寺のよこ 安藤

2010年06月05日 | お寺のよこ

少し前のこと、体調を崩してしまい病院へ行った。
待合室で、思いつめた表情でもしてしまっていたのだろう。ボーッとしていると、目の前を車椅子が通り過ぎた。その時「グット ディ~」そんな言葉が私に投げ掛けられた。
穏やかで優しくて、温かい声だった。顔を上げると、そこには小学生の高学年ぐらいの少年がいた。少年の後方を、付き添いだろうか、その少年のお母さんと、おばあちゃんらしき人がいる。とっさに「ありがとう」と少年に伝えた。少年もお母さんもおばあちゃんも3人そろって何だかとてもキラキラしていた。
少年には、手と足が普通の人間の半分程しかなかった。少年には「ないもの」を私は持っていた。そして、私には「ないもの」を少年は持っていた。でも、少年にはそんなことはどうでもいいみたいだった。電動車椅子を自在に操作し、待合室を自由に移動していた。
少年は「あるもの」を見ていた。私は「ないもの」を見ていた。それは、もう長年、私が気付けていないことだった。
それからというもの、私はとても分かった気になって親しい友人にメールを送る際には「○○○ちゃん、グット ディ~」と語尾に決めゼリフの様に使用する様になった。
「グット ディ」=「よい日」という事で、よい1日・素敵な1日をお過ごし下さい。そんな意味が込められているものと思っていた。しかし、実際に現実はどうだろうか?
人生がつまらないと感じた時、疲れている時、嫌なことがあった時、分かっていても自分と他人を比べてしまう時、果たして「今日はとても良い日だな~」と、言えるだろうか?
もしくは1日の終わりに「今日はとても素敵な1日だったなぁ~」と、思えるだろうか?
プラス思考がよしとされている人生でも、不安や心配で心の中がいっぱいの時や疲れている時は、とても前向きには考えられない。以前の私は、それでも前向きに考えようと躍起になっていた時期があった。気付くと肩コリに随分悩まされた(今では前よりも楽になりました)。そもそも、良いことがあった日だけ「グット ディ」なのか?そんな自問自答を繰り返していたある日、携帯電話のネットをいじくりまわしていると「良い日とは、自分にありがとうが言える日」そんな言葉がのっていた。
あれもダメ、これもダメと、長年自分に対してそんな風にしか思えなかった。自分を大事にすることは、わがままになるという事ではなくて、自分という人間を通して世の中や他人を見ているのであるから、とても大切なんだと、あの日、少年に教わった。
新緑の美しい季節となりました。

10:03 | Posted by admin

【だから私は雪が好き】 熊谷

2010年05月23日 | のんびり家

今年の春は、桜が散った後も冬のような寒さが続き、5月になった途端、夏のような暑さとなりました。
皆様、体調など崩されておりませんでしょうか?
初めまして。私、熊谷多恵(クマガイタエ)と申します。私は、1年3ヶ月の間、のんびり家でアルバイトとして勤務させて頂き、この春4月から、同じくのんびり家にて、常勤職員として勤務させて頂くことになりました。
初めてこのような記事を書かせて頂くことになり、正直ドキドキしています。
まず、今回の記事では、初めましてのご挨拶として、自己紹介と、私が産まれた時のお話をさせて頂きたいと思っています。
私の家族は父、母、兄2人の5人家族です。父、母、長兄は自宅で居食屋(食堂家兼居酒屋)を営んでいます。
次兄は都内でバーテンダーをしており、私以外は皆、飲食店関係の仕事をしています。熊谷家3番目、待望の?長
女の私は、24年前の3月も終わる頃、春の大雪の日に都内で生まれました。
その日、母は朝6時半頃に陣痛を起こし、病院へ行くことになりました。その頃、まだ雪はちらほら。父はタクシーを止めると、おもむろに「じゃ、行って来い!」と一言言い放ったそうです。母は怒り心頭!「えー!嘘でしょ!一緒に行ってくれないの!!」と応戦。すると父は渋々・・・という感じでタクシーに同乗してくれました。
病院には15分ほどで着きましたが、朝の検温などで院内は忙しい時間帯。母は雪の中、大きなお腹を抱えて暫し待っていたそうです。それから約6時間後、私は産声をあげました。
こんな大変な日に産まれた私に両親がつけてくれた名前は“多恵”。誰もが迷わず読んでくれる字で、込められた願いは「多くの恵みがありますように。そして、多くの恵みを与えられる人間になりますように。」
今のところ、“恵み”は与えられることが多い人生です。
これからは、多くの方々に“恵み”を与えられるようになりたいです。
記念すべき第一筆目。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いいたします。

01:12 | Posted by admin

【心の休日】 宮崎

2010年05月22日 | きみさんち

新年度も、半月早くも過ぎてしまい、桜もすっかり散ってしまいましたが、4月半ばになっても寒暖の差が激しく、体調の管理も大変ですが体調を崩されてはいないでしょうか?
春になると木の芽時や、五月病という言葉があるように、自律神経が崩れ、イライラしたり、必要以上に気分が落ち込んだりする事があると思います。
体の不調は比較的すぐに病院へ行ったり、身体を休めて、大事になる前にメンテナンスをする方が多いと思いますが、心のメンテナンスはどうでしょうか?
自律神経が崩れ、頭に血が上ってカッカしたり、イライラして、イライラしてる自分に、なんて心に余裕のない人間なんだと、へこたれて、もー嫌!と再度イライラと言う悪循環に入り込んでしまう事はあ
りませんか?
こういう気持ちが荒れている時の、メンテナンスは結構仕方がないや、忙しいから休めないし(涙)と二の次になりやすい所だと思いますが、病は気からという言葉があるように、心と体は密接な関係にあるので、気持ちが疲れると体調を崩しやすかったりします。
(例を挙げると緊張しすぎるとお腹が痛くなったりするのもそうですよね。)気持ちが疲れたら、心が風邪を引く前に、心を休める日を作って、ストレス発散をしてみては如何でしょうか?

23:25 | Posted by admin

【春です。】 お寺のよこ 冨所

2010年05月05日 | お寺のよこ

今年に入ってから、病院で二回検査を受けています。最初は健康診断で尿潜血が認められたのを受けて再検査、幸いにして異常は認められませんでした。
二回目は二月の末に、ワイドショーを観ていると、俳優の森本レオさんが、心筋梗塞で倒れた事が報じられていたのですが、その際の森本さんの自覚症状「みぞおちが引きつれるよう」という痛みに覚えがあり、不安になって三月の自分の誕生日に、近所の循環器科で心電図検査を受けて来ました。
健康診断でお馴染みの、ベッドに横たわっての心電図の他、自転車こぎ運動を行って心拍数を高めた後の心電図測定を行いました。検査終了後、待合室で先生の診察を待つ間、色々と悪いイメージが頭の中を飛び交い、「もし深刻な状態だったらどうしよう。家族や職場に迷惑がかかったら…」等と考えながら、手にした雑誌をぱらぱらとめくっていました。やがて名前が呼ばれ、緊張しつつ先生の言葉を待ちます。
「んー、特に心筋梗塞や、狭心症の波形は出てないねぇ。」ひとまず安心はしたものの、それならそれで、あの今まで体験した事のない痛みの正体は?
「逆流性食道炎でも、似たような痛みが起こるんだよね」…………えー逆流性食道炎の原因となる体質、生活習慣ですが、「筋肉質もしくは太っている(腹圧がかかりやすい)」、「喫煙」、「飲酒」、「満腹まで食べる」、「食べてすぐ横になる」、「甘い物好き」、「辛い物好き」、「肉好き」、「脂っこい物好き」、「コーヒー好き」…とまあ大変。「筋肉質」と「喫煙」以外全部当てはまってました。かといって好きな物を完全にやめるのは難しいので、意識して量を控えたり、コーヒーならブラックをやめて牛乳で割ったりと、出来る範囲で改めてみたところ、誕生日から二ヵ月程経ちますが、前述の引き攣るような腹痛は起こっていません。よしよし。この春は高熱でダウンしたり、同い年の巨人軍木村拓哉コーチが亡くなったりと、健康である事の有り難さを改めて感じ、また、人生を一変させてしまうような災厄が、身近な存在になりつつある事を否応なしに感じさせられました。長年に渡りお寺のよこを支えてくれたスタッフのHさんも、現在病気と戦っています。笑顔のHさんに会える日が一日も早く来る事を、お寺のよこ一同願っております。
さて、話は変わりますが、お寺のよこでは、三月末に、芋煮とバケツプリンの昼食会が催されました。お昼前から寺よこ一同一丸となって、せっせとお盆二つ分のおにぎりとずん胴一杯の芋煮を用意して、お招きしたのんびり家の皆さんの到着を待ちました。色々とバタバタして、食事開始が二時近くになってしまいましたが、お腹をぺこぺこにしての、にぎやかな食卓は、美味しくて楽しいものになりました。デザートのバケツプリンは、その大きさと、スプーンで崩すとぷるぷると生き物のように震える様子に、歓声が上がっていました。食後は皆で集合写真を撮り、お開きとなりました。人数が多すぎてフレーム割れしてしまい、残念ながら私は集合写真に入れなかったのですが、やっぱりみんなで集まって撮る写真っていいなぁと素直に思いました。次に集合写真を撮る機会が楽しみな、お寺のよこの春です。

10:02 | Posted by admin

【出会い】 伸居

2010年04月23日 | のんびり家

花粉の辛い季節となりました。皆様お元気ですか?
つげの実からのんびり家に異動した伸居です。そしてどっこいしょに復活します。
最近感じたり考える機会の多かったことは「出会い」と「つながり」です。私はあまり友達が多いほうではなく、学生時代を過ごした友人とも疎遠になりました。就職、結婚、家庭、出産、子供、などがあって、それぞれの大切なものを抱え、お互いの道をすすんでいます。自分の生活が人生の中心となり、そこに、過去の友達が含まれることが少なくなったのだと思います。今では年賀状だけのやりとりがほとんどになりました。
しかし、やはり友達としてつながっているんだなぁと感じることがあります。「結婚した」「子供が生まれた」そのようなことでしか連絡もとらないのだけど、その何年ぶりかの連絡に、何年も離れていたという違和感もなく、あの頃のように会話できるという瞬間、「やっぱり友達は大事にしなきゃいけないなぁ」と思うのです。
実を言うと30代に入るまで、あの人と友達になりたいな~という風に思うことも、自分から作ってきた友達も、いませんでした。学生時代の私は、社交的な方でも活発な方でもなく、むしろおとなしい子で、なんとなく似たもの同士がくっついて、グループになって友達になっていった、そんな感じでした。社会人になっても同様でした。なんとなくグループができたり部署でかたまったり。自分からその輪を広げようとかも思いませんでした。(実は人が苦手でした)
それがここ数年、自分から「友達になって」と言うことが増えました。友達になりたいという人と出会うようになったのです。出会いに恵まれているということもあるかもしれません。職場の仲間にも恵まれています。友達と呼べる仲間も増えました。そして彼らと「みんなで会おうよ」「集まろうよ」といった、輪を広げていきたいという、そういう気持ちが芽生えてきました。今、30代後半となり、最近感じることは、出会いというものに神聖なものを感じるようになったということです。ある意味導かれた要素があると思うのです。
きっと恵まれた出会いというものがあっても、若い頃の私には感じられなかったと思うのです。いくつもの大事な出会いに気づかなかったかもしれないし、途絶えさせてしまった大きな出会いもあったと思うのです。いまある出会いを大切にしたいし、しなければならないのが出会いなのかなとも感じています。そうしていくことで、なんだか人生が開けて、明るく、楽になるような気もします。・・・良い出会いが皆様にも訪れます様に。

01:07 | Posted by admin

【頑張れという言葉…】 田中

2010年04月22日 | きみさんち

冬のオリンピックイヤーも過ぎ「がんばれ日本」という言葉も聞かれなくなってきました今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
浅田真央が銀メダルに悔し涙を流し、カーリングでは手に汗握る攻防に皆さんも「がんばれ」と応援していたのではないでしょうか。しかしこの「頑張れ」という言葉には裏と表が実はあるという出来事につい最近出くわしたことがありました。それは友人と喫茶店でお茶を飲みながら何気ない会話をしていたところ、家庭の悩みを話し始め私が
聞き手に回って「どうしたらいいんだろう」という相手の言葉に「あなたが頑張ればいいんじゃない」と答えたところ「こんなに頑張ってるのにどうしてそういう事言うの」となき始めた友人を見て、その時はどうして泣くのか理由が分からず私も困ってしまったのですが、後日うつ病だったことが判明し、私も悪いことを言ってしまったなと反省させられました。オリンピックに出るようなアスリートの人もこの「頑張れ」と言う言葉に励まされ力変えることが出来る人と、それをプレッシャーに感じてしまい思うような成績を残すことが出来ない人がいると思います。
利用者さんに当てはめたらどうでしょう。戦争・関東大震災と2度の苦境を頑張って乗り越えて今が有る方たちに今更頑張ってとは・・・
もっともっと頑張らなくてはいけないのはそんな苦境を知らない私達なのではないかとつくづく思わされるのでありました。

23:24 | Posted by admin

【幸せのストック】 お寺のよこ 光岡

2010年04月05日 | お寺のよこ

私事で恐縮ですが「お寺のよこ」で管理者業務を行うようになってもう少しで1年となります。私にとってこの時間は長かったような短かったような・・・。
楽しいことから大変なことまで様々な出来事がこの1年間にありました。そういった時間の中で管理者になって強く思うようになったこと。それは「人に支えられて生きていることの有り難さ」でした。「お寺のよこ」自体沢山の人達に支えられて存在していると言えます。入居者のご家族、地域住民の方々、福祉・行政関係者の皆さん、何より入居者の方々の逞しい力によって支えられていることは言うまでもありません。
今回はその「お寺のよこ」を支えている要素の一つ、働いている仲間・スタッフのことを書きたいと思います。
「お寺のよこ」では常勤、非常勤含めて10名が仕事をしています。年齢層も様々で20代から60代まであらゆる年代の人がおり、当然のことながら個性や考え方も多様です(男性3名、女性7名)。入居者さんへの関わり方もそれぞれ異なり、時に入居者さんと見事なアンサンブルを奏でることもあれば、歪な不協和音がかき鳴らされることもあり
ます。人間関係は多様ですし、私はその事はさして重要なこととは思っていません。大切なのは調和が取れた時、不協和音であった時、そのいずれの場合でも自らを振り返り見つめ直すこと、入居者さんのその際の姿を再度思い描くことかと思います。そういった振り返りをする事により、入居者さんとより良い関係を作り上げることが出来るかもしれないですし、入居者さんが生活を営む上で適切なお手伝いが出来るかもしれません。何より、その振り返りが人を支えている行為が実は人に支えられていたことに気づく契機になるのではと感じています。
「お寺のよこ」のあるスタッフの話です。そのスタッフが入職して間もなくのこと、今はお亡くなりになられたIさんという入居者さんがいらっしゃいました。居室は2階にあるのですが、足腰の力が低下されており階段の昇降はかなり体力の消耗を要することから起床、就寝時以外は1階の居間で過ごされることが多くなっていました。
ある日、Iさんと仲良しだったTさんが昼下がりの時間に訪問されました(Tさんは以前「お寺のよこ」で仕事をしていたスタッフです)。IさんはTさんとともにIさんの居室に行かれ、昔のアルバムを見たり、一緒に歌を歌う等してとても楽しそうな時間を過ごされていました。その場面を見たスタッフは感銘を受け、自分たちがIさんを如何に限定した枠の中でしか接していなかったかということを話しました。
時間は経過し今年の2月のこと。Mさんという入居者がいらっしゃいます。Mさんは昨年体調を崩され2週間強入院されていました。退院後は体力が少し低下されたご様子で2階にある居室ではなく殆どを1階の居間で過ごされることが多くなりました(階段の昇降もかなり難しくなっていました)。そのMさんも今年に入り少しずつ体力が回復されてきたご様子が見られ始めました。先述のスタッフはMさんの身体の様子を見ながらともに階段を昇って居室に行き、30分程度馴染みのあるものや空間に触れながら時間を過ごしました。居室のMさんはとても嬉しそうなご様子だったそうです。
スタッフの意識の中にIさんとTさんの姿があったかどうかは分かりません。ただ、入居者の方々の望みを考え大切にした関わりが時間を越えて受け継がれていることを私は実感しました。IさんやMさんの嬉しそうな表情に我々スタッフは支えられていることは当然ながら、その表情を導き出すお手伝いをしたスタッフ達に、「お寺のよこ」や自分は支えられているのだと感じました。
先述したようにこの1年は色々なことがありました。その中で入居者さんやスタッフ達の姿から幸せな気持ちになれるようなものを沢山もらいました。私はその「幸せのストック」を時折引っ張りだしては「にやり」と思い出し笑いをしてみたり、自らを奮い立たせる糧として活用させてもらっています。
残念ながら先述のスタッフ・及川はこの春で一身上の都合により「お寺のよこ」を退職します。彼女の中に数多くの「幸せのストック」が存在し、次の一歩を踏み出す上での糧になってくれればと思います。

【退職の挨拶】   お寺のよこ 及川 加菜子

真に勝手ながら、この度一身上の都合により、「お寺のよこ」を退職する事となりました。「どっこいしょ」では、私の地元である岩手県遠野市に語り継がれている「遠野物語」を紹介してきました。
もっと沢山紹介していきたかったのですが、最後になってしまいました。「オシラサマ」というお話を最後に紹介させてください。
「オシラサマ」
昔ある所に、貧乏な百姓がいだったずもな(百姓がいました)。おがだ(妻)早くになくしたども、とっても美しい娘っ子がいだったど。そして一匹のこれまた、めんこい(かわいい)馬っこあづがってらったど(馬を飼っていました)。 娘はこの馬が好きで、いつも馬屋へ行って話しをしていましたが、その内、夜になると馬屋へいって休むようになりました。そして、年頃になると、娘は馬と夫婦になってしまいました。 おど(父)も、おかしいおかしいとおもってらったずが、ある晩、一緒にいるどご見つけてたまげで(びっくり)しまったど。そして、なにもかにもごせやげで(どうにもこうにも腹が立って)馬の事、憎らしくなったんだど。
次の日、娘が居なくなるのを待って、おどは、やんたがる(嫌がる)馬を連れ出したんだど。そして高い桑の木にぶら下げて、ドンガリと殺してしまったんだど。
その晩娘が帰って来て見たところ、可愛い馬が居ないのでおどに尋ねました。おどははじめはごまかしていましたが、とうとう白状してしまいました。娘はたまげで、桑の木へ走って行きました。そして、死んでしまった馬の首さ抱きついで、泣ぐが泣ぐが泣いだんだと。あんまり泣くもんだから、おどはまた憎らしくなって、斧を持ってきて、後ろから馬の首をボッズラと切り落としてしまいました。すると、なんとその馬の首は、娘を乗せたまま、たちまち天に昇ってしまったんだとさ。どんどはれ。
オシラサマとは、この時できた神様で、馬を吊り下げた桑の枝でその神像をつくりました。馬と娘の顔に棒がついているものです。ボンボンの付いた太鼓のばちのような形で、毎年着物を重ねて着せていきます。現在もその習しは代々受け継がれていますので物凄い数の着物を身に付けていて、着膨れしてます。少し気味が悪いですが、なんとも神秘的なオシラサマです。私は、退職後遠野に帰ります。お寺のよこで経験してきた事全てを大切にして、オシラサマの様に毎年ひとつずつ、自分が大きくなっていけるよう、これからもがんばって生きていきます。
皆様、今まで大変お世話になりました。本当に有り難うございました。それでは、またどこかでお会いしましょう。

10:02 | Posted by admin

【少しでも・・】   のんびり家 石井

2010年03月23日 | のんびり家

ちょうど1年前くらい前のどっこいしょの記事で祖父が埼玉県の某グループホームに入居している記事を書かせていただきました。当時の様子で1番強く印象に残っていることがあります。祖父は足腰がだいぶ衰えていましたが自力で何とかトイレに行こうと頑張っていました。しかし、転倒予防に力を入れているそのグループホームでは中々トイレまで行くことは叶わなかったようです。やることもなく次第にベット上で過ごすことも多くなり、やがて容態を崩し病院へと移りました。2年前の結婚式に祖父の出席は叶わなかったため奥さんを連れてお見舞いに行きました。
いつもの笑顔でかすかな声でしたが「おめでとう。」と言ってくれました。そして、去年の年末に息をひきとりました。
きっとわがままな孫2人(自分と姉です (+o+) )が落ち着いたので安心したのだと思います。
祖父の49日を迎える直前の2月5日、今度は母方の親戚のおばさんが突然倒れそのまま亡くなってしまいました。
祖父の通夜、告別式では1番元気そうな様子を見せていた人でした。倒れる前日も多くの親戚が集まるためにお餅を切って煎餅を焼いて、皆に持たせるように準備までしていたそうです。まさかの出来事でしたので親戚中が驚きました。通夜などには参加できませんでしたが、お通夜の前に線香をあげに行くことは出来たので良かったと思います。
話は変わり、時折暖かい日もありますがまだまだ寒い季節です。(現在2月10日です)のんびり家の入居者の方はというと、大きく体調を崩されている方はいません。これは何よりですね!(^^)! 今後も四季を感じながら入居者の方と悪戦苦闘しながら(笑)大切に時間を過ごしていけたらと思っています。最期まで自分らしくと誰しも望んでいることだと思います。全ては難しいかもしれないけれど、少しでもそ
のように感じられるようにしたいものです。そして、かけがえのない一瞬一瞬を大事にしていくことで、「ここも(のんびり家のことです)意外と良いところよ。」なんて思ってもらえたらと思います。

01:43 | Posted by admin

【つながっているということ】 志寒

2010年03月22日 | きみさんち

最近はなかなか機会に恵まれませんが、趣味でときどき山に登ります。登山道に咲く可憐な花や木々、時折出会える動物たちなど自然との触れ合いも楽しみですが、大きな楽しみの一つに雲があります。雲海の美しさは言うまでもなく、もこもこ雲を真横から眺めたり、羽衣のようなはぐれ雲を眺めたりなど、見ていて本当に飽きません。あまりにも好き過ぎて、気象予報士の資格も取得してしまいました。
ところでみなさん、雲と霧の違いはご存知ですか?実はこの二つは同じもので、地面に接しているかどうかの違いなのですが、山登りで山頂に近づくと、霧が尾根を越えてそのまま上昇し、雲になっていくのを見ることがあります。雲の誕生の瞬間です。その時、自分が吐いた白い息や、汗から立ち上る湯気がその霧と混ざり合い、一緒に雲になってしまいます。
自分の体から出た水分が雲になり、世界中を巡って行く。水の循環という大きな自然のサイクルに自分が直につながっていることを実感する・・・不思議な気分になります。
もちろんこれはただ実感できるということであって、本当は何処にいても、僕らが水を飲み排泄する限り、この大きなサイクルとつながっているわけですよね。水は雲や雨や海や川を流れ、木々の幹を伝い花びらのしずくとなり、スズメやライオンに飲まれ、そのついでに僕らの身体を流れていく。海も山も体内も、ヒトもその他の動植物も、私とあなたも違いはない。水にしてみたら永遠に続く長い旅の
通過点。
越えられぬ国境も、いさかい合う人々の間も、切り倒された木々と切り倒した人の間も、孤独にさいなまれる人にも、老いも若きも、時や空間を超えておんなじ水が流れている。
ただ大きなつながりの一部としての、ヒト、自分。
ホッとするような、こそばゆいような、そんな気持ちになりませんか?

23:23 | Posted by admin

【10周年と半世紀に思う事】 お寺のよこ 橋本

2010年03月05日 | お寺のよこ

法人ミニケアホームきみさんちの10周年、そして私が福祉の仕事についてからも10周年(お寺のよこでは4年弱ですが)、おまけに私がこの世に生れ出てからもジャスト半世紀となりました。月日が経つのは本当に本当に早いものですね。
特別養護老人ホームで、始めて食事介助をしたこと(時間だけがかかり、コツが分からずに食べて頂けなくて困りました)、始めて排泄介助をしたこと(やはり臭いが辛かったけど、これは3日で慣れました)、先輩の職員に怒られたこと(かなりしょげました。怖い先輩でしたね)、いろいろと相談に乗ってもらったこと(こっちは優しい先輩でした)。
そしてお寺のよこで働き出しても、最初は戸惑う事ばかりでした。それまで働いていた特養とあまりにも違うので。
グループホームの認知症の方への自立支援ってどうするの?と。その後も色々と壁にぶち当たっていますが、利用者の笑顔に支えられて働いている次第です。
漠然と認知症の人と捉えずに、個々の方が先にあってその中の病気としての認知症と捉えるようになったのは、このお寺のよこで働き始めてからです。認知症がかなり進行した方でも、できる事があり(最初は驚きでした)、それは皆それぞれ違います。今まで生きてこられた中での大切にしてきた事や習慣が、今現在も残されているのでしょう。
10年間も認知症の方と関わって来ましたが、まだまだわからない事はたくさんあります。利用者はお寺のよこで生活する中で何を望んでいるのか、意志の疎通が難しい方は、仕草や表情から想像するしかなく、そうやって想像した事は、職員の良かれと思う勝手な思い込みかもしれません。利用者に寄り添う気持ちを大事にしていけば、今後、また少しずつ見えてくる事もあるでしょうか。その様な事に期待しつつ、まだまだこの仕事を続けていくことになりそうです。
今年は10周年と半世紀を記念して、何か一つやりとげよう、理解を深めようと思っています。具体的にはまだ何も決めてはいないのですが。1年後のこの通信でそのことを報告できますように。

10:01 | Posted by admin

【皆さん、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。】 市川

2010年02月23日 | のんびり家

24歳の春にのんびり家と出会い、何度か「私、もう駄目かも…」と涙を流し(?)挫けそうになりましたが、周りの皆様に助けられ、4回目の春を迎えることが出来ました。今年も、色々な力を身につけて、頑張りますのでよろしくお願いします(^_-)-☆
のんびり家のベランダに、「ワイルドストロベリー」と言う、赤い実をつけると良い事♪が訪れるというお花が、有ります。昨年はイチゴのお花と実が沢山なりました。毎年2個位の実を付けて、枯れていきます。実をつけると今年は、「のんびり家(と私)にも春が来るかな?」と楽しみにしては、枯れていました(-_-;)しかし、昨年は1個が枯れても直ぐに、お花を咲かせ、実をつけて今も直、花を咲かせ続けています。………とワイルドストロベリーの話は、ここで終りにさせていただきまして…。
私事で恐縮ですが、イチゴのお花と実を沢山つけていた、昨年の10月に結婚いたしました。「木村陽子」から「市川陽子」へ変わりました。直接、私の口から、皆さんにお伝えしたかったのですが、書類の手続きや引越しのかたずけ等が思うように進まず、身の回りの事が片付いたらら、皆さんに報告しようと思っていたので、報告が遅くなり、「どっこいしょ」にて、報告させていただく事になりました。
千葉と東北(青森、岩手、仙台)の遠距離恋愛を経て、結婚へ至りました。お互い、一人暮らしが長く、実家もそんな簡単に帰れる距離で無いので、自立はしていたと思います。なので、(結婚は)出来たら良いけどそんなに急いでいたと言うわけでも有りません。きっと「縁とタイミングと勢い」が揃ったのでしょう。
家族の為に、家事を行うと言う姿を、母を通してみてきましたが、一人暮らしをするまで、「有難い」と思ったことは、恥ずかしながら有りませんでした。20歳を過ぎ、実家を出て初めて「お母さんて凄い(+o+)」と思いました。よく、うちの母は「あなたも、結婚して子供が出来れば、私の苦労と気持ちが分かる」と言っていました。今、その立場に立たされていますが、まだその気持ちは分かりません。でも、その気持ちが分かるようになるのが、実は楽しみでもあるのです。
普通の恋人同士と違い、一緒に居た時間があまり無いので相手の事は分からない事が多いですが、これから知っていけばいいのかなと思います。考えや行動が未熟では有りますが、皆さんどうぞよろしくお願いします。

01:05 | Posted by admin

【きみさんちに来て1年】 伸居

2010年02月22日 | きみさんち

管理者としてきみさんちに来て1年が経ちました。本当にあっという間で、きみさんちの中では毎月毎月なにかがあり、一日一日笑ったり怒ったり、ある時誰かが訪れ、ある時誰かが辞めていきました。
入居者さんの体調が悪くなったり、スタッフが病気になったりとバタバタと追われる様な事もあります。そんな時、夜勤で一人スタッフルームの山下きみさんの絵に手を合わせて「どうか皆さんを守って下さい」と祈るような気持ちになります。すると「大丈夫よ」といってくれている気がしてならないのです。
ちょうどそういう表情の絵なんです(笑)
認知症状態にあってもそうでなくとも、若い方でもお年を召した方でも、入居者もご家族もスタッフも人にはそれぞれ事情があって他者では決して本当の本当のことまでは理解する事は出来ません。ただ理解しあって行きたいという気持ちを持ち続けて行くことを止める事は無いでしょう。それがこの仕事の底に横たわっている物の一つだと感じております。
今後ともふつつかな私ではありますが、きみさんちを支えて行くという事に真剣に取り組んで行きたいと思っております。これからもどうぞよろしくお願い致します。

23:12 | Posted by admin

【元気のしるし】 お寺のよこ 谷野

2010年02月05日 | お寺のよこ

最近の母は、テレビや週刊誌を見なくなりました。皇室ネタと瀬戸内寂聴さんが好きで、週刊誌を何度も読み返していたのですが最近は、買っていった雑誌を開く様子もありません。手帳の予定表なども、去年あたりから付けなくなりました。実家に帰ると、「谷野さんは、86歳になりました。」と、ティッシュの箱に書いてあります。往診に来て下さる、医師がいつも書いてくれるそうです。先生がいなかったらこんなに長生きできなかったと、いつも言っています。
その先生も85歳になられるそうで、自分で車を運転して往診してくださる、とても元気な先生です。
最近は、よく家の中で転んでしまう様で、先日も転んでしまい、虫の知らせかのように、家に来た義兄に助けてもらったと。「おまえも、義兄のおかあさんが亡くなったらお葬式に行かなくちゃね。」と、少しズレてるような気がしますが、義兄もまた母のヒーローになっているようです。
よく留守電には母の伝言が入っています。だいたい3件、同じ口調で「もしもし、おかあちゃんだけど、いつ来るんだ。」さだまさしの案山子のような台詞ですが、そんな歌のように健気ではありません。正月すぎに帰ったばかりなのに、もうこの電話です。先日も帰り際に「おかあちゃん目当てに帰って来れるように、まだまだ元気でいるから。」と、微妙に意味合いが違うような気もしますが、確かに母がいなかったら、法事くらいでしか田舎に帰ることはなくなるでしょう。電話で話をしていると「今日は元気がないね。」と、いつも元気ないけど、なぜかいつも当たっています。
この歳になってようやく、着信履歴を埋め尽くす母の名を見て、元気なんだなと思えるようになりました。
お寺のよこで働かせていただき半年になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

10:01 | Posted by admin