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【お寺のよこでの人間関係】  お寺のよこ 伊藤

2019年08月16日 | お寺のよこ

お寺のよこでは9名の方がお暮らしになっていらっしゃいます。9人いらっしゃると皆それぞれ個性が違います。皆さん、各自の個性を出しながら暮らしていらっしゃいます。個性豊かな方ばかりです。遠慮などせずに個性を発揮される、そのご様子を見られることが私たちスタッフには嬉しい限りです。
新しくご入居されたKさんは、他のご入居者の方々やスタッフに遠慮があり、まだ本当の姿を見せていらっしゃらない様な気がしています。早く馴染まれてもっと本心を伝えていただきたいですし、わがままになっていただきたいなと思っています。
皆さんの日々のご様子や会話などから、ご入居者さん各自の仕事をしていらした時、主婦として活躍されていた時、10年前、20年前、学生時代や幼少期のことを想像したりします。「ちゃきちゃきと家事をこなしていらっしゃったのかな」「きっとご家族を大切にされていたのでしょうね」「若いときから優しい穏やかな方だったのだろうな」「しっかり者でまわりの皆に頼りにされていたのだろうな」などなど。
人生の先輩であるご入居者皆さんの生活ぶりは本当に尊敬に値することばかりです。難しい事があってもなんとかして自分の力でやろうとする気持ち、誰かに迷惑をかけたくないという気持ちがいつも感じられます。
私自身が最近体調を崩し、しばらく休職させていただいて、現在は出勤日数や時間を短縮して勤務させていただいています。一緒に働く他のスタッフ皆さんのご協力がなくては働くことが出来ていません。私が短縮している分が他スタッフへ負担になっています。それでも皆さんは疲れた表情や言葉を私に見せることなく気遣ってくださっています。
そんな私の状況を知ってか知らずか入居者の皆さんもいっぱい助けてくださいます。「お姉ちゃん、持ってあげるよ」「手伝いましょうか」「なんでも言ってね」「おい、大丈夫か」等、皆さんがいつも私を見ていて気にかけてくださっています。
本当に幸せなことです。
「お寺のよこ」で暮らす私たち。入居者の皆さんとスタッフ。家族とも友達とも違うけれど、かけ
がえのない間柄です。全員で毎日を生きている、そんな気がしています。

07:38 | Posted by kimisanchi

【待ち人きたらず】  きみさんち 志寒

2019年07月27日 | きみさんち

ファイル 450-1.jpegきみさんち前のベンチには、さまざまな人が立ち寄って下さいます。
ご近所さんがふらりと顔を見せて下さったり、坂を上りきった高齢者が少し休んでおられたり。時にはワンちゃんを連れて、散歩の途中に立ち寄ってくれます。
立ち寄る皆さんとの交流をご入居者さんも心待ちにしておられ、その中でもKさんは暑さ、寒さにも負けず、1日に長いときには数時間、誰かを待つかのようにベンチに腰掛けながら、のんびりと過ごしておられます。
ファイル 450-2.jpeg梅雨に入りかけたシトシトと雨が降る、ある夕暮れのことでした。
食事を終えたKさんが外のベンチを見ながら、おっしゃいました。
「ねぇ!暗いよ、こんなに暗いのは生まれて初めてだね。見てごらんよ」Kさんは外のベンチを指差しています。確かにうす暗がりはうす暗がりなのですが、驚くような暗さでもありません。街灯に照らされたベンチが雨に濡れ、白く光っているばかりです。
『もしかして、時間を勘違いしているのかな?』そう私は思いました。
認知症の症状には時間の見当をつけることが難しくなる症状、時間の見当識障害というものがあります。もしかして夕方の6時過ぎという時間を、もっと昼間の時間帯と勘違いして、なぜこんなに暗いのかと驚いているのではと考えたのです。もちろん、そんなことをご本人に指摘することはありませんが。
しかし、一緒に外を見ていて気がつきました。雨が降り続き、私たちの話し声も濡れた暗がりに吸い込まれていきそうな雰囲気です。その中で白いベンチだけがぼんやりと街灯を反射して、いかにも寂寞とした光景です。
私は、あぁ、五月闇という季語があったなと思い出しました。陰暦の5月は丁度、梅雨の時期にあたります。その陰鬱とした梅雨空の下の、昼の暗がりや夜の闇のことを五月闇と呼ぶのです。Kさんにとっては社交の場であるベンチが、たずねる人もなく、雨の夜の暗がりにただ浮かんでいる。それはKさんにとっては、まさしく“暗い”光景に間違いありません。そう気がつくと同時に、見当識障害などと小賢しいことを考えていた自分が恥ずかしくなりました。あぁ、私は表面的な浅いものの見方をしていたなと。
そう気がついたのちは「そうですね、暗いですよね」と、二人、暫くベンチを眺めていました。
ベンチには待ち人も来ず五月闇

17:04 | Posted by kimisanchi

【早いですね】  のんびり家3F 新宮

2019年07月27日 | のんびり家::のんびり家 3F

5月に、2017年10月にご入居されました、素敵な女性Qさんのお誕生日お祝いで、谷中銀座に出かけ、ドライブや、お蕎麦屋さんで食事、笑吉で指人形劇をみたりして、共に楽しみました。Qさんの息子さんもご一緒でしたので、そこはかとなく安心されているご様子もあり、その夜は、すやすやと穏やかな寝顔がみられました。
Qさんは、言葉でのコミュニケーションが難しく、また耳も聞こえ辛い方です。今回の、外出先について、色々と、写真を見てもらったり、筆談で身振り手振りで表現されたりしてOKサインで教えて頂き、谷中銀座に決まり行くことになりました。当日、息子さんから、谷中に馴染みがあることを話され、そうだったんだ、と深く頷きました。あれこれ選択肢を出すことはよろしくないと感じることもありますが、「これ好き」とはっきりと感じる何かあったのだと思い、ほっとしました。
どこの家族でも、私の両親も含め、家族のあいだには、優しさだけしかないんだなあと、しみじみ感じた時間でした。離れて暮らされている入居者さんのご家族は、どんな些細な事でも話したいし聴いてもらいたい気持ちが常に心にあるのだと、改めて大切さを感じました。
わたしは、両親に思いやりから、あれこれ口うるさい感じで言ってしまうので気を付けたいと思います。

17:02 | Posted by kimisanchi

【読書の夏】  のんびり家2F 佐藤

2019年07月27日 | のんびり家::のんびり家 2F

こんにちは。皆さまご無沙汰しております。
ファイル 449-1.jpeg私事ですが、2016年12月に次男を出産し、18年4月にのんびり家に復帰しました。次男は今、いわゆる「イヤイヤ期」でまだまだ手が掛かりますが、おかげさまで元気に成長しています。
さて、今回は一冊の本にまつわる話をさせていただきたいと思います。
7年使用しているスマートフォンの調子がいよいよ悪くなり、何となくスマートフォンを眺めている時間を読書する時間にしようと思い立ち、久しぶりに本を購入することにしました。
購入したのは、鴻上尚史氏の「不死身の特攻兵」。少し前に新聞や書店で取り上げられていて知ったのですが、選んだ理由は、母方の祖父の弟が特攻で亡くなったことを数年前に知り、特攻というものがどういうものだったのか深く知りたくなっていたからです。
大叔父が特攻で亡くなったことを知ったのは、映画が先に公開されていましたが、偶々ドラマ「永遠の0」を見た事がきっかけでした。私の中での特攻のイメージは、国や大切な人を守る為に勇んで出撃したイメージが大きかったのですが、ドラマの中では、上官や周囲の特攻兵に批判されながらも、生きて返る道を探している一人の特攻兵の姿がありました。
フィクションではありますが、自分が特攻の事実を捉えられていないのではないかという想いが沸いてきた中、母から大叔父の話を聞きました。
著書の中には、9回出撃して9回帰ってきた佐々木友次さんの特攻の詳細な描写に始まり、特攻が始まった経緯、特攻が続いた理由、友次さんへのインタビュー等が詳細に書き綴られています。
そして、最後に、現代の問題にも置き換え、「みんななんとなく問題だと思っているのに、誰も言い出さないから『ただ続けることが目的』となっていることが、この国ではとても多いのじゃないかと僕は思っているのです。論理的に分析して、何が必要かを堂々と言えるようになりたいと思います。」と締め括られていました。
子どもの頃、母方の墓参りに行くと、大きくて立派な墓が一つありました。大叔父の墓です。大叔父は、どんな気持ちで出撃したのでしょう。特攻で息子を亡くした曾祖母は、どんな気持ちだったのでしょう。
二人の息子の母となった今、戦争や特攻について自分なりに調べ、考え続けながら、現代の問題にも目を逸らさず向き合っていきたいと思っています。

17:02 | Posted by kimisanchi

【会話】  お寺のよこ 元谷

2019年07月27日 | お寺のよこ

グループホームで働くにあたって、入居者様とかかわるうちに、人と人の間にある絆というものを強く感じる一方で、その裏側に孤独を抱えているということを意識する機会もまた増えてきました。
昼間 普段は明るくほかの入居者様とよくお話されながら、過ごされているDさんも、深夜、ほかの方が寝静まると
一人、居間に出て「孤独は怖いねえ」としんみりとお話されることもあります。
「夜中、一人で寝て横になっていると、どうにもやりきれない気持ちがこみ上げてくる。 年をとるとあんたもそのうちわかるよ」
と、昼間は見せない表情で仰います。
毎回、これを聞くと、僕自身もなんて答えたらよいのか、悩みながらも話をするのですが、話すうちに昼間のような表情に戻って、また居室でお休みになられるところをみますと、話を聞くことでどうやら気持ちも落ち着くご様子です。
「孤独は怖いねえ」と問いかけられたときに自身の生活を振り返り、友人や家族と会話をする機会が減ってきているなかで、同じ時間を過ごす大切さを改めて感じます。

17:01 | Posted by kimisanchi

【編集後記】  林田

2019年07月26日 | 編集後記

私たちは、現在2法人で6事業所を運営しています。
どこも、満室で。と言いたいところなのですが、現在北区の事業所だけ、一部屋空いています。なぜだかわからないのですが、見学には何人か来ていただいているにもかかわらず、ご利用には結びついていません。
入居者さんが、集まらない理由なのですが、やはり認知症対応型共同生活介護(以下グループホーム)は高額なのが一番の理由だと考えます。うちの事業所の利用料は基本的には17万円から18万円で、これは開設から変わっていないのですが、やはり、一つの家庭で負担するには大きな金額です。
なぜ、このように高額な利用料を支払わなければならないかと言うと、そのほとんどは、家賃であることがわかります。
購入して事業を始めても、賃貸を借りて仕事を始めても、決して安くない金額になりますので、そのあたりをどのようにするのか?と言う疑問を20年間持ち続けています。
認知症がお金持ちの方にしか発症しない。と言う条件が付くのなら、この利用金額で問題ないのですが、当然そのようなわけではありません。
介護保険は国の制度です。どのような形であれ、高額な利用料(ホテルコスト)を支払うことができなければ利用はできない。と言う形を早く脱したいです。そのためには、所得による公の補助金を検討してもよいのではないかと考えます。
この20年、物価は徐々に上がってきています。特にこの2,3年の物価の上がり方は、目には見えにくいですが内容量の減少などで顕著になってきています。ですが、私たちの収入はどうでしょう?思ったように上がっていないというのが正直な実感なのではないでしょうか?
消費者として賢くなり、値段が安いものを購入するということを続けてきましたが、それを続けるのも限界のような気がします。
また、これはグループホームだけではないですが、不動産の価格はそんなに安くなっていません。特に都心で運営をしている私たちの借りている物件は、いまだに高止まりしています。
そのような事業所のことも考え、国民の多くが利用できるサービスとしてグループホームに家賃の補助をしてもらいたいと思います。
ただこの国の財政は、ひっ迫しています。ですので、税金の使い道をしっかりとチェックしないといけないと思います。やはり、そこに力を入れないと、これから人口が減っていく私たちの国は、本当に破産してしまうと思うのです。
近々、消費税が10%に上げられます。この上げられる消費税が何にどのように使われていくのかも、しっかりとチェックしなければなりません。
本当に、この国は貧しいです。働き方改革もある意味正しいです。効率を上げて、収益を上げることを目指す社会が目の前まで来ています。私たちの仕事は、その社会が成立するときにバックアップする仕事です。効率より思いやり、収益性より充実感、このようなものが必要とされる仕事ですが、その大切さをこの仕事をしている一人一人が認識してこれからのこの仕事に携わってほしいと強く願います。
そして、グループホームの家賃補助を勝ち取りましょう!

17:09 | Posted by kimisanchi

【編集後記】  林田

2019年06月15日 | 編集後記

少子高齢化が進んでかなりの時間がたちます。
今から30年前、少子高齢化が進むと、現在のような社会になる。と言うことが言われていました。
今から20年前、高齢者が増えるから介護の社会化が必要だ。と言われて介護保険が始まりました。
今から10年前、介護職も保育職も人手が足りないと言われだしました。
今から5年前、外国人労働者のことが議論されだされました。
これだけの時間がありながら、国の取ってきた方策は後手後手に回ってきていると思います。
子供が少なくて国の将来が不安なら、子供を産みやすくすればいいのです。
年を取ることが不安なら、不安ではなくなるようにすればよいのです。
ですが、この国の政治は、この二つの不安を解消することなく30年と言う時間を無駄に過ごしました。
無駄に過ごしただけではなく、浪費も止められなかったと思います。
子供が必要であるならば、保育園を増やせばいいのです。老後が不安なら年金の仕組みに手を加えればよいのです。
そのためには、税金がいくらかかるか国民に明示する必要があると思います。
国の借金も1千兆円を超しました。これらのことを行うにはもう時間が無くなってしまったかもしれません。
ですが、私たちのお金でこの国は動くのです。この国の財政のすべてを知ることから始めなければと思います。
本当に、この国にはお金がないのでしょうか?
本当は、無駄に使われているお金がたくさんあると思います。今日もニュースで言っていたのですが、廃棄物の処理施設を1億8千万で作ったのに、全く使わずにその施設を廃棄処理をするそうです。その廃棄処理施設の廃棄に1億8千万かかり、誰も使わなかった施設の建築と廃棄のために3億6千万もの税金が投入されるのです。
日本中、精査すればこのような案件は山ほど出てくるでしょう。
私たち一人一人がその気持ちをしっかり持っていれば、時間はかかっても日本は落ち着いた期間を過ごして、それからまた発展していく機会を作れると思います。
私たちが、次の世代、その次の世代にできることは、その意識の変革ではないでしょうか。

08:16 | Posted by kimisanchi

【心と体】  のんびり家2階 荒野

2019年06月15日 | のんびり家::のんびり家 2F

心と体は密接に関係している。良く言われている事ですが、最近この言葉を実感する出来事がありました。
私の担当するTさんは以前はとにかく外に出たがらない方でした。口癖は「めんどくさい、腰が痛い。」或いは「やってください。お願いします。」です。そんなTさんの一日は居間でTVを眺める毎日。好物の甘い物で外出意欲を高めてもらおうと「おやつ一緒に買いに行きませんか。」などと誘ってみますが、それもその内に「めんどくさい、腰が痛い。」と外出する動機にはならなくなってきました。
そんな折、運営推進会議でご家族とお話する機会があり、以前Tさんが買い物に出掛けた時に他の入居者さんが使っていたシルバーカーを見て「私も昔はあれ使ってた。」と仰っていた事を思い出しました。そこでご家族に確認すると、今でもご自宅に使っていたシルバーカーが残っているという事なのでお持ち頂くことに。正直、「これで少しは歩行時の腰の痛みが和らいでくれればな。」程度に考えていました。
さて、ご家族からシルバーカーが届きました。早速、試運転がてら昼食を買いに一緒に外へ…。
嗚呼、素晴らしき哉シルバーカー。歩行時の姿勢、安定性、持続可能時間、全てにおいて改善が見られます。Tさんもシルバーカーの操作感は覚えていらしたようで、道の段差もハンドルを捻るように動かし前輪を浮かして難なく進みます。うーん、これは凄い。果たして、今のTさんはどこまで行けるのか。
ある日、白山下の天丼屋までお昼を食べに行くことになりました。この天丼屋、今までの日常生活圏の5倍ほど距離が離れています。途中で休憩を挟みながらと思いきや、Tさん「だいじょうぶ。」「平気。」、結局一度も休憩で座る事無く往復の道のりを踏破したのです。あの時は、私の方が「これ本当に大丈夫なんだろうか。」と不安に駆られたほどです。
シルバーカーを手に入れ無敵になったTさん。ここで話はタイトルに戻ります。
外出機会と活動量の増えたTさん、その変化が身体以外の部分にも現れだしました。
他の入居者さんの世話を焼いたり、テーブルに残っている食器を片したり、さらには片した食器を洗い出したり。元々、きれい好きな方ではありましたが、職員が何を言うわけでもなく、自発的にこういった行動をする事が多く見られるようになったのです。身体を動かすことで生活に張りとやる気が出る事に繋がっているのではないでしょうか。
シルバーカーがあればどこにだって行けるようになったTさん、これからどんな所へ行き、どんな生活を送られるのか、これからが楽しみで仕方ありません。

08:15 | Posted by kimisanchi

【Oさんのこと】  きみさんち 金井

2019年06月15日 | きみさんち

とある午後、不安に思っていることを一生懸命Oさんに聞いてもらっていたSさん。
しゃべり疲れたか、ちょっと席を離れて一服休憩。
その間にOさんも聞き疲れたかお部屋に休憩にいってしまいました。
Sさんはまた話そうと戻ってきて、先程の人がいないと私に訴えにきました。
どんなひとでしたか?と聞くと、「頼りなさそうだけど、やさしい人」と答えました。
椅子にちょこんと座った自分より年配の小さいOさんが頼りない人に見えたのかもしれません。
でも真剣に頷いてきちんと自分の話を聞いてくれたOさんは「やさしい人」だったようです。
私の友人に多い名前がゆうこ「優子」です。親は娘にやさしい人になってほしいと願いこの名前をつけるのでしょう。
でもなかなか人からやさしいと言われたことがある人は少ないのではないのでしょうか。
Oさんは私が知り合った中でもとびっきりのやさしい人で、いつもやさしさで和ませて下さいます。

08:15 | Posted by kimisanchi

【可能性を信じること】  お寺のよこ 倉澤

2019年06月15日 | お寺のよこ

お寺のよこで自立支援に携わり3年が経ちました。
他者や周りの環境との関係も作りながら自分のことが自分でできるって素晴らしいことだなぁと実感しております。同じ入居者さんでも日によって、時間によって、気分によって、天候によって、支援のアプローチが違い、同じ時間、同じ言葉かけをしても、声をかけた職員によって受け答えが全く違うこともあり、支援の壁にぶつかり悩むこともあります。そのような時、いつも適切なアドバイスをしてくれる光岡チーフの存在がありました。
その人の可能性を信じること、認識力を理解し、何が出来て出来ないかを知ること。
先回りは必要ない。忍耐強く見守ることで、はじめてその人らしく安心して暮らすことが出来ることを学びました。先日も、入居5年を迎えられたNさんが「幸せよ。この先1年も似たようなことやってると思うわ。」と微笑む姿にスタッフと協力しながら地道な努力を重ねてきて良かったなぁと思えた瞬間でした。これからも一人一人のわかる力を活かして混乱や失敗を防ぎ、自立して暮らすことが出来るように支援の引き出しを増やしていきたいと思います。

08:14 | Posted by kimisanchi

【親孝行】  のんびり家3階 松山

2019年06月15日 | のんびり家::のんびり家 3F

もう5月中旬というのになかなか暖かくならないですね。
にもかかわらず奄美大島は本日梅雨入りだそうでびっくりです。
さて、今日は、明るくて、人懐こいUさんについてお話しさせていただきます。
Uさんは、とてもお話し好きです。そして話題はいつも決まってお子さんのこと。
就寝前に、自室で着替えをしながら、ふとお話しを始めると、まったく止まる様子がありません。そのお話しからは、如何に息子さんや娘さんの成長を楽しみに一生懸命、子育てをされてきたのかが伝わってきます。ご自分は、幼い頃、お勉強が大好きだったそうです。でもお家に余裕がなくて進学させてもらえなかったとのこと。(現在90歳でいらっしゃいますから、あまり女性は進学されなかった時代だった気は致しますが)それで、子供達には、充分な教育をしてあげたいという強い思いがあったそうです。その甲斐があってか、まずは、ご長男さんが、日本有数の進学校に入学されました。とても嬉しく自慢に思ったことを、幸せそうな笑顔で話してくださいました。Uさんのお話しを伺っておりますと、親というのは本当に有難い存在なのだなと改めて感じます。うちの両親も、そろそろ介護が必要になってきています。生きているうちに、出来る限り親孝行しなくては!と自分に誓ってみるのでした。

08:14 | Posted by kimisanchi

【編集後記】  林田

2019年05月28日 | 編集後記

最近、あたらしいスタッフが入職してくれています。
まだまだ人が足りないのですが、新しい職員たちを見ていると、本当に楽しく思います。
 また、中堅のスタッフもしっかりと育ってきてくれています。この仕事は、表面のとっかかり易さからは、想像しにくい人の奥底を見なければならない瞬間があります。その奥底を覗いた後、初めて共有できる人の素晴らしさがあります。
 その素晴らしさをベテランスタッフたちが、身を持って教えてくれていると感じます。
 世の中で言うレベルで、大変な仕事かと言われると、そこはそうでもないです。ただ、人をしっかりと支えるという時には、やはり、それなりの「力」が必要だなと感じる仕事です。
 その素晴らしさを、みんなで共有できたらと思います。

16:52 | Posted by kimisanchi

【大晦日の夜】  きみさんち 松林

2019年05月28日 | きみさんち

昨年の大晦日。
日勤の勤務を終え、帰り支度をしていると、テレビに映っている紅白歌合戦を入居者の皆さんがご覧になっていました。しかし、そんな和やかな風景を尻目に、一人玄関で煙草をふかしている入居者さんが目に入りました。
煙草を吸い終えるとリビングに戻ってきて、手持ち無沙汰にラックから歌の本を取り出して、紅白歌合戦の皆さんが居るテーブルから少し離れた椅子に座って、歌本を広げて、一人歌い始めました。
「上野発の夜行列車降りた時から~、青森駅は雪の中~」
胸が締め付けられて、泣きそうになりました。
数日前に、その方の息子さんと電話で話したのですが、「今年はお正月に顔を出す事が出来ないので、宜しくお願いします。蟹を送りますので、皆さんで食べて下さい。お母さんをお願いします」と。
ご本人は、本日が大晦日だという事も、息子さんが送ってくれた蟹を食べた事も、息子さんがお正月に来ない事も分かってはおりませんが、それらの事実を理解して寂しさ紛れに歌を歌っているのだとしたらと想像してしまい、急に侘しさが込み上げてしまったのです。
歌っている歌詞も寂しさを増長させるに充分でした。
「凍えそうな鴎みつめ泣いていました、ああ~、津軽海峡冬景色~」
私がスタッフルームで目頭を熱くしていると、今度はさっきとはま逆の歌が聞こえてきました。
「ぼくらはみんな生きている~、生きているから歌うんだ~」
そして、どんどんと声量が上がって行きます。
「手のひらを太陽に~すかしてみれば~」
そして、今度は、紅白歌合戦を観ていたある方が、その歌声に乗り始めました。
すると、もう一人、もう一人と、最後には、全員で「みんなみんな~生きているんだ友達なんだ~」と、大合唱になっていました。
私の目頭には、さっきのものとは違う種類の涙が溢れていました。
人間というものの本当の逞しさを垣間見た様な気がしたのです。
戦争などを体験されたり、子育てが大変だったり、仕事がキツかったり、病気に罹ったり、人との別れを悲しんだり、、、想像を遥かに超える苦労をされてこられたと思いますが、大きな声を出して明るく歌っている皆さんの表情は、これからはもっと楽しんで生きていくぞとでも言っている様な、とても輝かしいものでした。
2018年の大晦日という日に、そんな瞬間に立ち会う事が出来て、一年間の疲れが吹き飛ぶのを感じました。
そんな瞬間に出会えた時、この仕事を選んで良かったと思えるのです。
そして、その後、きみさんちの紅白歌合戦は夜更けまで続いたそうです。

16:51 | Posted by kimisanchi

【いち にの さん よいしょ】  のんびり家2F 石川

2019年05月28日 | のんびり家::のんびり家 2F

2月でのんびり家に異動してきて1年が過ぎましたが未だに戸惑うことばかりです。
この1年でも入居者様も入れ替わりがありました。
出会いがあれば別れもあるのは分かっていますがどんな状況でも別れは寂しいです。

今回はAさん(女性)の事を書かせてください。
異動したての頃入居者様の事が把握出来ていない状況での介助がとても不安でした。
でも介助はしなくては入居者様が生活出来ません。
支えれば一緒に歩けるAさんを立ってお手洗いまで行っていただくにはどうしたらいいか?
思いついた事は立ち上がりのときに「Aさん 立ちますよ いち にの さん  よいしょ」と掛け声をする事でした。
ポイントは「さん」と「よいしょ」の間に一呼吸入れる事です。
最初は戸惑っていたAさんも私がしつこく言っていたからか「Aさん 立ちますよ いち にの さん よいしょ」に合わせてくださるようになりました。
立ち上がる前のAさんの掴まっている手の位置がちょうど私のおしりの位置になると私の
おしりで「ポンポン」と一緒にカウントしたりズボンの後ろポケットに入れているメモ帳やボールペンを握ったりしながら立ち上がっていただき歩いて席に戻ったりしていました。
南瓜の煮物が好きなようで食事介助の時に「美味しいですか?」と伺うと「美味しいねぇ!」と嬉しそうに答えてくれました。
今年の始めにテレビのニュースでだるま市の事を伝えていたので何となく「だるま市に行ったことありますか?」と聞くと「ないね」とはっきりと即答!(都内からは少し遠いからですかね?)
そのAさんとは私がシフトの関係で休んでいる間に体調を悪くして入院。
そのままのんびり家へ帰ってくる事はありませんでした。

Aさんは元教師だったそうですがスタッフの問いかけに時々ジョーク混じりの返答をしたりととても楽しい方でした。
街中でだるまを見つけるとAさんを思い出します。
新しい世界でもかわいい子供たちに囲まれて教師をしているといいなぁ…
そして 「いち にの さん よいしょ」 でまたお会いしましょう!

16:49 | Posted by kimisanchi

【育った場所】  のんびり家3F 吉田

2019年05月28日 | のんびり家::のんびり家 3F

お久しぶりです。のんびり家3階の吉田です。
普段は所属しているのんびり家でのエピソードをご紹介しているのですが、今日はぶなの実のBユニットでの話を紹介させていただきます。
なぜにぶなの実かと言いますと、3月でBユニットが一時休止となったからです。
10年近く前、私はぶなの実のオープニングスタッフとしてこの仕事をスタートさせていただきました。
管理者以外は全員未経験者で、毎日がてんてこ舞いだったことを覚えています。
隣の建築会社に乗り込み「うちの旦那出しなさいよ」と受付の方に怒鳴りつけてみたり、着物を持って質屋に行き、買い取れないと言われて憤慨して戻ってきたりと思い出が満載のAさん。
全盲であん摩マッサージを営んでいて、肩の調子を見てもらうと毎回のように「過労で手遅れだけど、俺のところに来れば良くなるよ」と営業トークを欠かさず、或る時はプレイボーイでもあったMさん。
散歩が大好きで、軍歌を歌いながら連日近所の公園で日向ぼっこを楽しんでいたTさん。
編み物を教えてくれたり、琴を弾いたりして楽しませてくれたNさん。
歌うことが大好きで、いつもちゃんちゃんこを着てムードメーカーだったMRさん。
染井のプチセレブで、季節の行事の度に自宅やご家族の世話だったり、仕事だったりを忘れずに思い出していたSさん。
どじょうが大好きでその話となると覚醒し、「どじょう食べないなんてもったいない人生だよ」と毎回のように話され、いつも並んで座っていたFさんとのコンビが絶妙だった、薬局の看板娘のIさん。
Iさんとのやり取りが絶妙で、近所の図書館に本を借りに行って寝る前には連日読書を楽しんでいたり、一緒に完成直後のスカイツリーに行ったりしたFさん。
IさんとFさんのコンビと連日の口喧嘩、キューピーちゃんが大好きで、三分クッキングに登場するキューピーちゃんを見ていつも喜んでいた、アンティークショップの奥様SMさん。
こちらは板橋のセレブで電気屋さんのおかみさん。
おちょぼ口ですごく小食だったのに、手毬寿司がよほど美味しく見えたのか一口でほおばってのどに詰まらせ、みなが青ざめたことが忘れられないKさん。
他にも、都合により一カ月程度しかご一緒できなかったのに、お世話になりましたと丁寧にあいさつしてくださったお医者さんのMGFさん。
たくさんの入居者さんが私を育ててくれました。
5年後も10年後も、私はぶなの実の入居者さんを忘れないと思います。
入居者さんの中には、目の前で死というものを見せてくれた方もいます。
その時の映像、かけた言葉、取った行動、至らなかった能力、全て鮮明に思い出せます。
こういう入居者さんの力を借りて、今の私たちがあります。
そして今は今まで関わった方々に返せなかったものを、のんびり家の入居者さんに一生懸命関わることでお返ししているつもりです。
そうなるとのんびり家の入居者さんに借りた力はお返しできませんね。
せめて利息がつかないように、以前より多めにお返しできるよう頑張ります。
今までありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。

16:47 | Posted by kimisanchi